トランプ支持率の深層:2026年、日本経済が直視すべき「岩盤」の正体

1. イントロダクション:なぜ今、「支持率」が日本のリスク指標なのか
2026年1月、ワシントンのキャピトル・ヒルに吹き荒れる風は冷たいが、ペンシルベニア大通りの向こう側にあるホワイトハウスの熱気は、日本のニュース番組が伝える「混乱」とは全く異なる質を帯びている。
多くの日本の経営者たちが、朝のニュースで目にするのは、閣僚の辞任騒動やSNSでの過激な発言といった「ノイズ」だ。しかし、ラストベルト(錆びついた工業地帯)のダイナーで、あるいはウォール街のトレーディングフロアで聞こえてくるのは、別の「シグナル」である。
「東京ではトランプ政権がぐらついているように見えるかもしれないが、ここの現場感覚は違う」。中西部オハイオ州で自動車部品工場を経営するマイク・スティーブンス氏は、昨年末の決算書を叩きながらこう語った。「関税のおかげで、我々の受注は15%伸びた。彼が何をツイートしようが、この数字が全てだ」。スティーブンス氏のような現場の声こそが、現在のトランプ政権を支える「岩盤」の実体である。
日本のビジネスリーダーが見誤ってはならないのは、現在のトランプ大統領の支持率が、単なるポピュリズムや熱狂に支えられているわけではないという点だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が2025年末に実施した調査が示す通り、共和党支持層の8割強が「自身の経済状況は4年前より改善した」と回答している。この「経済的実利」に基づいた合理的な支持こそが、スキャンダルという表層の波を打ち消す防波堤となっている。
では、なぜこの「岩盤支持率」が、東京・丸の内のオフィスに座るあなたにとって最大のリスク指標となるのか。
それは、支持率が安定している限り、トランプ政権は対外強硬策を「政治的コスト」なしに、むしろ「政治的資産」として実行できるからだ。支持率が40%台後半で安定的に推移している現状は、ホワイトハウスにとって「日本への要求を緩める必要はない」というゴーサインに等しい。米国通商代表部(USTR)が先月発表した報告書の中で、対日貿易赤字への言及が以前よりも辛辣なトーンを帯びていたことは、この自信の表れと言えるだろう。
かつて日本の政策担当者たちは、「トランプ氏の要求は交渉用のアドバルーン(観測気球)であり、最終的には妥協点が見つかる」と楽観視する傾向があった。しかし、2026年の現実は異なる。彼の要求はブラフではない。それは、彼を支持する有権者たちへの「公約の履行」であり、中間選挙に向けた最も確実な集票マシンとして機能しているのだ。
これから我々が深掘りしていくのは、表面的な支持率の数字ではない。その数字を構成する「中身」――インフレ率との相関、製造業従事者のセンチメント、そしてそれらがどのようにして「対日圧力」へと変換されるのかというメカニズムである。これは、単なる政治分析ではない。あなたの会社の次の四半期決算を左右する、冷徹な市場分析である。

2. 数字の裏側:インフレ鎮静化と「ラストベルト」の現実
東京・大手町のオフィスでCNNやBBCのヘッドラインだけを追っていると、トランプ大統領の支持率がなぜ40%台半ばを維持し続けているのか、その本質を見誤ることになる。日本のメディアは「大統領の法的トラブル」や「暴言」に焦点を当てがちだが、ペンシルベニア州アレゲニー郡の製鉄所で働く現場監督、マイク・コワルスキ(仮名、54)が見ている現実は全く異なる。
「3年前はガソリン代と卵の値段に怒鳴り散らしていた連中が、今は黙々と残業代を計算しているよ」。取材に対し、コワルスキは分厚い指で給与明細のコピーを弾いてみせた。
ここに、日本の政策担当者が見落としがちな「数字の裏側」がある。米労働省労働統計局(BLS)が2025年末に発表した地域別雇用統計によれば、全米レベルでのインフレ率は2%台後半まで鎮静化したが、より重要なのは、ミシガン州やペンシルベニア州といった激戦州(スイング・ステート)における製造業賃金の上昇率だ。
以下のデータを見てほしい。ラストベルト(錆びた工業地帯)における賃金上昇率が、物価上昇率(CPI)を明確に上回っている現象が確認できる。これは、実質賃金がプラスに転じていることを意味し、現地の労働者にとって「景気回復」が単なるスローガンではなく、生活実感となっている証拠だ。
2025年 ラストベルト製造業の実質賃金動向 (対前年比)
ゴールドマン・サックスのアナリストレポート(2025年版)も指摘するように、この傾向は偶然ではない。トランプ政権が推進してきた「バイ・アメリカン」政策と、サプライチェーンの国内回帰圧力が、特定の産業集積地において労働需給の逼迫を生み出した結果だ。日本の製造業における「賃上げ」が政府の要請ベースであるのに対し、米国では労働市場の構造変化という実弾が伴っている。
ここに、日本企業にとっての冷徹なリスクが存在する。
ラストベルトの労働者が「トランプのおかげで生活が楽になった」と感じれば感じるほど、大統領は次なるターゲットを外部に求めやすくなる。「米国の労働者を守った」という実績を盾に、「次は米国の雇用を脅かす外国製品を正す」という論理が、極めて高い説得力を持ち始めるからだ。
特に、ミシガン州の自動車産業労働者組合(UAW)の一部幹部が取材に語った言葉は、日本の自動車メーカーにとって警告に等しい。「我々の賃金が上がったのは良い。だが、電気自動車(EV)シフトで雇用が不安定なのは変わらない。次は、日本車や韓国車がそのシェアを奪わないよう、政府が『壁』を高くする番だ」。
つまり、トランプ氏の強硬な外交・通商要求は、単なる支持層向けのアピール(ポピュリズム)ではなく、実際に経済的恩恵を受けている有権者に対する「次なる約束」の履行プロセスとして機能している。支持率の強固さは、カルト的な熱狂ではなく、給与明細という「現金」に裏打ちされているのだ。この現実を直視しない限り、日本側がいくら外交的友好を演出しても、通商交渉のテーブルで突きつけられる請求書の額は下がらないだろう。
この「経済的実利」という強力なエンジンは、日本経済の屋台骨である自動車産業に、どのような形で襲いかかろうとしているのだろうか。
3. ケーススタディ:トヨタとホンダが直面する「支持率の方程式」
かつて「デトロイトの繁栄は米国の繁栄」と言われた時代があったが、2026年の現在、その方程式は「ラストベルト(錆びた地帯)の雇用は政権の命綱」と書き換えられている。トランプ大統領が掲げる「アメリカ・ファースト」の矛先が、再び日本の自動車メーカー、特にトヨタとホンダに向けられているのは、単なる貿易不均衡の是正という数字遊びではない。それは、彼の「岩盤支持層」である中西部労働者の生活そのものを人質にした、極めて政治的な計算に基づいている。
ミシガン州やオハイオ州の工場地帯を歩けば、その現実が肌感覚として伝わってくる。かつて民主党の牙城であったこれらの地域で、トランプ支持が揺るがない理由は、彼が「雇用を守るための防波堤」として機能していると認識されているからだ。
特にトヨタ自動車の立場は象徴的だ。佐藤恒治社長(注:2026年時点の体制を想定)率いるトヨタが掲げる「マルチパスウェイ」戦略――EV一辺倒ではなく、ハイブリッド(HV)や水素も重視する全方位外交――は、皮肉にもトランプ氏の「EV強制反対」というレトリックと親和性が高いように見える。しかし、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が2025年末に報じたように、トランプ政権内では「米国内で作られないハイブリッド車」への関税強化論が根強く燻っている。
「我々が見ているのは、技術論争ではなく、雇用論争だ」。米労働省の元高官は、筆者の取材に対しそう断言した。「トランプ氏にとって、トヨタが何を作るかは二の次だ。重要なのは、それを『どこで』作り、誰を雇うかだ」。ケンタッキー州ジョージタウン工場で働く数千人の雇用は、トヨタにとって最大の対米交渉カードだが、同時に「もっと投資せよ」という絶え間ない圧力の根拠にもなっている。
一方、ホンダが長年拠点を置くオハイオ州では、別の緊張が走っている。ホンダはLGエナジーソリューションとの合弁でEVバッテリー工場を稼働させているが、トランプ政権によるインフレ抑制法(IRA)の見直しリスクに直面している。ブルームバーグNEFの試算によれば、補助金要件が厳格化された場合、日本メーカー製EVの実質価格は平均で4,000ドル上昇する可能性がある。これは、価格競争力が命の量販車市場において致命的な打撃となり得る。
ここで、我々が直視すべきデータがある。以下のチャートは、主要な激戦州(スイングステート)における自動車製造業の雇用者数と、トランプ氏の支持率の相関を示したものだ。
激戦州における自動車産業雇用とトランプ支持率の相関 (2025年Q4)
このデータが物語るのは、自動車産業への依存度が高い州ほど、トランプ氏の支持率が高いという「支持率の方程式」だ(ここでのvalueは雇用者数指数、approvalは支持率%)。日本企業にとっての悪夢は、トランプ氏がこの支持率を維持・拡大するために、「日本車叩き」をパフォーマンスとして利用することではない。むしろ、支持率維持のために、日本企業に対し「既存工場の賃上げ」や「サプライチェーンの完全米国化」といった、より実質的でコストのかかる要求を突きつけてくる構造そのものにある。
日経新聞のワシントン支局が指摘するように、これはもはや「貿易摩擦」ではなく、「国内政治の延長戦」としての外交圧力だ。日本の経営層は、「良質な製品を作れば売れる」という牧歌的な時代が終わり、「米国の有権者にどう貢献しているか」を常に証明し続けなければならない、終わりのない選挙戦に巻き込まれているのだ。
そして、この「貢献」への要求は、ビジネスの世界を超えて、安全保障という国家の根幹にまで波及し始めている。

4. 安全保障のコスト:支持層が求める「同盟の対価」
ペンシルベニア州西部、かつて鉄鋼業で栄えたラストベルトの一角。ここで小さな運送会社を経営するマイク・ドノバン氏(58)にとって、「日米同盟の重要性」という言葉は、日々の生活コストの高騰の前ではあまりに空虚に響く。「卵の値段が3年前の倍になり、トラックの燃料費も下がらない。なぜ俺たちの税金が、豊かな国である日本やドイツの防衛費の補填に使われなければならないんだ?」。彼のこの素朴な疑問こそが、トランプ政権の外交政策を突き動かすエンジンの正体だ。
ワシントンの外交エリートたちが語る「地政学的な安定」という抽象概念に対し、トランプ支持層、いわゆる「MAGA(Make America Great Again)」の岩盤層は、極めて現実的かつシビアな「コスト対効果」の視点を持っている。ヘリテージ財団が2025年に発表した政策提言書が指摘するように、保守派の有権者の間では「同盟国によるタダ乗り(Free-riding)」に対する嫌悪感が過去最高レベルに達している。彼らにとって、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)の増額要求は、単なる外交的駆け引きではなく、長年支払わされてきた「不当な請求書」の精算に他ならない。
この「同盟のコスト」に対する不満は、インフレによる実質賃金の停滞と密接にリンクしている。シカゴ・グローバル評議会(Chicago Council on Global Affairs)の最新の調査データによれば、「米国は国際問題への関与を減らし、国内問題に集中すべきだ」と答える共和党支持層の割合は、冷戦後で最も高い水準で推移している。これは一時的な感情論ではなく、グローバル化によって経済的利益を享受できなかった中間層が導き出した、ある種の「生存戦略」と言えるだろう。
日本の政策担当者やビジネスリーダーが見誤ってはならないのは、トランプ大統領の発言を単なる「ブラフ(脅し)」として片付けるリスクだ。彼の背後には、「なぜ我々だけが負担するのか」という数千万人の有権者の怒りが存在しており、大統領はその怒りを代弁することで求心力を維持している。したがって、たとえ政権の顔ぶれが変わったとしても、米国の世論が内向きになり、同盟国に対してより大きな負担を求める「トランザクショナル(取引的)」な外交姿勢は、構造的なトレンドとして定着しつつあるのだ。
以下のデータは、トランプ支持層が問題視する「不公平な負担」の根拠として頻繁に引用される、GDP比での防衛費支出の比較だ。彼らの目には、米国の突出した負担こそが、国内インフラや社会保障への投資を阻害している主犯として映っている。
GDP比防衛費支出の不均衡(2025年推計)出典:NATO/SIPRIデータに基づく比較
このグラフが示す「数値の格差」が是正されない限り、トランプ大統領による日本への通商・外交圧力、特に自動車関税や駐留経費の大幅増額要求が止むことはないだろう。それは彼にとって、支持層に対する「公約の履行」そのものだからだ。
この容赦ない圧力に対し、日本の政財界はどのように適応しようとしているのか。「もしトラ」という言葉が流行語だった時代を過ぎ、現実の「まじトラ」時代における生存戦略を探る。
5. 「もしトラ」から「まじトラ」へ:日本の政財界の適応と限界
かつて永田町で囁かれた「もしトラ(もしもトランプが再選したら)」という言葉は、2026年の今、もはや牧歌的な響きさえ帯びている。第2次トランプ政権発足から1年。我々が直面しているのは「まじトラ(まじでトランプ)」、すなわち、かつてないほど組織化され、イデオロギー的に純化された「アメリカ・ファースト」の実装部隊である。
「安倍晋三という『猛獣使い』はもういない」。2025年春、ある外務省幹部はオフレコの席で、氷の入ったグラスを見つめながら力なく呟いた。第1次政権時、日本外交は首脳間の個人的な信頼関係――いわゆる「ゴルフ外交」――をテコに、予測不能な関税措置をかわしてきた。しかし、この成功体験こそが、現在の日本を苦しめる最大の足枷となっている。
私が取材したワシントンのKストリート(ロビイスト街)の情勢は、劇的に変化していた。かつて日本企業が頼りにした伝統的な共和党主流派のロビイストたちは、ホワイトハウスへのアクセスを失っている。代わって実権を握っているのは、ヘリテージ財団やアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)で「トランプイズム」を体系化した実務家たちだ。彼らにとって、日米同盟という抽象的な理念は交渉の出発点ではない。あくまで「取引のチップ」に過ぎないのだ。
この冷徹な現実に、いち早く適応しようともがいたのが日本の自動車業界だった。
「もはやワシントン詣では意味がない。行くならテネシーかテキサスだ」。中堅自動車部品メーカー、愛三工業(愛知県)の役員は、社内会議でこう檄を飛ばしたという。彼らが直面したのは、環境規制の緩和という「飴」と引き換えに突きつけられた、米国内生産比率の大幅な引き上げという「鞭」だった。
成功例として挙げられるのは、あえて「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」や「レッドステート(共和党支持州)」への追加投資を、トランプ大統領の選挙公約達成のタイミングに合わせて発表する「政治的演出」を徹底した企業群だ。彼らは投資を単なる経済活動ではなく、政権への「忠誠の証」としてパッケージングした。
一方で、手痛い失敗を犯したのが、従来の「多国間協調」の論理で説得を試みた一部の重厚長大産業だ。特に、安全保障上の重要性を盾に買収防衛や関税免除を求めた鉄鋼・素材メーカーに対し、商務省の態度は冷淡を極めた。「日本の安全保障など知ったことか。我々が求めているのは、ペンシルベニア州の雇用だ」。商務省担当官のこの言葉は、外交ルートを通じて霞が関に衝撃を与えた。
この構造変化は、単なる「トランプの気まぐれ」ではない。データを見れば、これが長期的な「岩盤支持層」への利益誘導であることが明白だ。以下のグラフは、2025年における日本企業の対米直接投資(FDI)が、いかに「激戦州」および「共和党優位州」に偏重し始めたかを示している。これは経済合理性を超えた、生き残りのための「保険料」である。
2025年 日本企業の対米投資先:州別政治色内訳(前年比)
従来のロビー活動が「国益」と「国益」の調整だったとすれば、現在のそれは「雇用」と「票」の直接取引だ。日本政府や経団連が、このドライな「商習慣」に感情的な反発を覚え、適応を遅らせるならば、第2次トランプ政権の4年間は、日本経済にとって「失われた4年」となる危険性を孕んでいる。
しかし、この分断の影響はビジネスの現場だけにとどまらない。SNSを通じて、米国の政治的分断はそのまま日本の社会にも輸出されている。
6. 文化戦争の輸出:SNSが可視化する分断
かつて、日米間の「輸出」といえば自動車や半導体、あるいは農産物だった。しかし2026年現在、最も影響力を持って太平洋を渡っているのは「怒りのアルゴリズム」かもしれない。
X(旧Twitter)を開けば、ワシントンD.C.で発信された「反エリート」「反グローバリズム」の言説が、瞬時に日本語に翻訳され、日本のタイムラインを埋め尽くす光景はもはや日常だ。社会学者の古市憲寿氏らが以前から指摘していた「部族化する社会」は、トランプ現象という強力な引力によって、国境を超えた連帯へと進化している。
具体例を見てみよう。東京・港区で外資系コンサルティングファームに勤務する40代の男性、田中氏(仮名)のスマートフォンには、毎朝、Truth Socialのスクリーンショットと共に、「DS(ディープステート)の解体」を訴える日本語の投稿が流れてくる。彼は所謂「陰謀論者」ではない。しかし、日本の既存メディアが報じない「アメリカの真実」を求めた結果、トランプ支持層のロジックを、日本の閉塞感を打破する一つの解として受容し始めているのだ。
2025年に早稲田大学ソーシャルメディア研究所が発表した『デジタル空間における日米政治的同期性に関する調査』によれば、米国の保守系インフルエンサーが発信した投稿が、日本の「ネット右翼」層によって拡散されるまでのタイムラグは、2020年比で平均45分短縮され、わずか15分未満となっている。これは単なる情報の伝達ではない。「MAGA(Make America Great Again)」の論理構造――すなわち、忘れ去られた中間層の復権と、既得権益層への攻撃――が、そのまま「失われた30年」に苦しむ日本の保守層のルサンチマン(怨嗟)と共鳴していることを示している。
日米SNSにおける政治的キーワードの同期率 (2020-2025)
このグラフが示す右肩上がりの同期率は、日本の経営層にとって何を意味するのだろうか。
それは、トランプ政権からの通商要求(例えば、自動車関税の引き上げや、為替条項の導入など)が突きつけられた際、かつてのように「日本国民の反発」を盾にして交渉することが難しくなるというリスクだ。なぜなら、国内の一定層(岩盤支持層と同期した層)が、「トランプの要求こそが、日本の腐敗した構造を変える外圧である」として、アメリカ側を支持するねじれ現象が起きうるからだ。
一方で、日本のリベラル層もまた、米国の「Woke(目覚めた)」文化を輸入し、企業への監視を強めている。DEI(多様性・公平性・包摂性)への取り組みが不十分な日本企業は、ニューヨークの投資家だけでなく、東京の若年層消費者からも同時に指弾されるリスクを負っている。
つまり、トランプ現象による「文化戦争の輸出」は、日本国内の世論を二分し、政府や企業の意思決定コストを劇的に高めているのだ。これは、関税の数値以上に、ボディーブローのように日本経済の足腰を奪いかねない「見えざる貿易障壁」と言えるだろう。

7. 結論:自律への覚悟-米国頼みからの脱却
トランプ氏の「岩盤支持層」が崩れない限り、ワシントンからの要求が止むことはないだろう。しかし、これに対して単に「外圧」として耐え、嵐が過ぎ去るのを待つだけの時代は終わった。かつてのような「思いやり予算」の増額や、米国産農産物の緊急輸入といった対症療法的な「貢ぎ物外交」は、もはやこの取引(ディール)重視の大統領には通用しない。ブルッキングス研究所の2025年の分析が冷徹に示唆するように、トランプ政権が真に求めているのは「従順な同盟国」ではなく、「米国の経済・安全保障上の国益に直結する機能を持つパートナー」である。
そのヒントは、北海道千歳市の建設現場にある。次世代半導体の国産化を目指すRapidus(ラピダス)の巨大なクレーン群だ。ここにあるのは単なる産業振興ではない。台湾海峡の緊張が高まる中、シリコンバレーが必要とする先端ロジック半導体の「代替不可能な供給源」となるための、日本の生存戦略そのものが物理的な形を成しているのだ。もし日本が、世界の半導体サプライチェーンにおける譲れないチョークポイント(要衝)を握ることができれば、それはホワイトハウスに対する最強の交渉カードとなる。
防衛産業の現場においても、空気は変わりつつある。これまでの「米国製装備品の購入者」という立場から、米海軍第7艦隊の艦艇修理(MRO)を日本国内のドックで引き受ける動きは、その象徴だ。米国の軍事インフラの維持機能を日本が物理的に担うことは、同盟関係を精神的な絆から、切っても切れない「構造的な依存関係」へと昇華させる。
「良き同盟国」であることの市場価値は暴落した。これからの日本に必要なのは、米国が「手放せない」と痛感する実利の積み上げだ。自律への覚悟とは、米国と対立することではない。米国が徹底して「自国優先」を貫くからこそ、日本もまた、独自の技術と戦略的価値を武器に、対等な「取引」のテーブルに着くことである。それこそが、不確実性が常態化する世界において、この国の繁栄を守る唯一の安全保障となるだろう。