ハバ・ショック:米司法の「是正」が日本企業に突きつける新たな地政学リスク

D.C.からの衝撃:司法の勝利か、制度腐敗のシグナルか
ワシントンD.C.のE.バレット・プリティマン連邦裁判所は、これまで政治の嵐の中にあっても静寂を保つ「台風の目」であった。しかし今週火曜、その静寂は打ち破られた。D.C.連邦控訴裁判所の3人の判事団は全会一致で、アリーナ・ハバ氏の大統領人事局(OPP)局長としての在任が、1998年連邦空席改革法(FVRA)に違反しているとの判決を下した。
裁判所の意見書は痛烈なほど明快だった。「行政権の裁量は広範であるが、議会の助言と同意の権限を骨抜きにするための、法定期間の無期限停止にまでは及ばない」。これは単なる手続き上の不備に対する指摘ではない。第2次トランプ政権が掲げる「人事は政策なり(Personnel is Policy)」というドクトリンに対する、司法による初の、そして決定的な牽制である。
東京の霞が関で米国の権力分立を注視する法学者や官僚にとって、この判決は極めて技術的な違反――ハバ氏が上院の承認なしに代行官として務められる210日の期限を超過していたこと――に焦点を当てているが、その意味合いは甚大だ。ホワイトハウスは「筆頭補佐官」の継承規定を拡大解釈することで彼女の地位を維持しようとしたが、裁判所はこの手法を「立法的な錬金術」と断じ、退けた。
これに対し、ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は即座に「過ぎ去った時代の司法積極主義だ」と反発した。この光景は、かつて日本の民主党政権下で見られた「政治主導」と「官僚機構」の摩擦を想起させるが、ここにあるのはより深刻な、世界最強の国家機関の機能不全リスクである。政権側が法の精神に従うのではなく、単にハバ氏の肩書きをすげ替えることで対応しようとしている事実は、法の支配そのものが「回避すべき障害物」として扱われている現実を浮き彫りにしている。

「忠誠のアーキテクチャ」と日本企業への余波
この判決は、表面上は「法の支配」の戦術的勝利に見えるかもしれない。しかし、丸の内のリスク管理責任者(CRO)や大手商社の法務担当者が直視すべきは、その背後にある構造的な変化だ。ハバ氏のOPP局長への任命と、その後の司法による拒絶は、トランプ政権が推進する「忠誠のアーキテクチャ」の試金石だった。
大統領人事局(OPP)は、貿易、エネルギー、国防を規制する政府機関に数千人の政治任用者を送り込むゲートウェイである。その「門番」の法的地位が無効とされれば、そこを通過した任用者たち、ひいては彼らが決定した規制や処分の正当性さえもが訴訟の対象となり得る。これは2019年の政府閉鎖のような一時的な機能停止ではなく、広範な「規制の不確実性」と「大量訴訟リスク」の発生を意味する。
従来の米国司法省(DOJ)や行政機関は、ホワイトハウスから一定の独立性を保つことが不文律とされてきた。しかし、2025年に再始動した公務員改革「スケジュールF」の影響下では、専門性よりも「アジェンダへの同調」が優先される傾向が強まっている。ジョージタウン大学法センターの分析や業界アナリストの観測によれば、主要な政務官ポストにおいて法曹経験年数が減少し、代わりに政治的忠誠度が重視される傾向が確認されている。
米司法省・政治任用者の傾向:法的経験年数 vs 政治的関与スコア (2016-2026)
「制度的予見可能性」の崩壊と再調整
日本企業は長年、米国の「制度的安定性」を前提に、累計数千億ドル規模の対米直接投資を行ってきた。しかし、ハバ氏の一件が浮き彫りにしたのは、その前提の脆さだ。米国の司法が行政府の暴走を止める「最後の砦」として機能していることは救いだが、それは裏を返せば、行政府がそこまで暴走するという現実を突きつけている。
ある大手商社の法務部長は、「契約社会の総本山である米国で、契約(コントラクト)よりも政治的関係性(リレーションシップ)が優先される『人治』的なリスクが高まっている」と警鐘を鳴らす。これは、日本企業が対米戦略において、従来のコンプライアンス重視のアプローチから、ロビイングや人脈形成、さらには「カントリーリスク」としての米国を前提としたリソース配分の「再調整(Recalibration)」を迫られていることを意味する。
経済産業省やJETRO(日本貿易振興機構)周辺の議論でも、米国を「地政学的リスク要因」として捉え直す動きが出始めている。以下のデータが示す通り、日本企業の対米事業における「政策不確実性」への警戒感は、トランプ政権2期目に入り急激に高まっている。
日本企業の対米事業における「政策不確実性」指数 (出典: 業界推計 2026)
結論:「情緒的同盟」から「検証された同盟」へ
結局のところ、ハバ氏の任命無効判決は、米国のシステムがまだ機能している証拠ではあるが、同時にそのシステムがかつてないほどの負荷にさらされていることも示唆している。日本の政策決定者にとって、これは「対岸の火事」ではない。
我々は認めなければならない。かつてのような、盲目的な信頼に基づく「情緒的同盟」の時代は終わったのだと。これからの日米関係に求められるのは、相手の制度的不安定さを冷徹に計算に入れた「検証された同盟」への脱皮である。米国は依然として不可欠なパートナーだが、その「不可欠さ」の質は変容した。最大の同盟国が、自ら書き上げたルールブックを破り捨て始めたとき、日本企業もまた、自らの生存戦略のルールを書き換える必要がある。