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「友情」の代償:ミラノ五輪へのICE派遣が問いかける主権の境界線

AI News Team
「友情」の代償:ミラノ五輪へのICE派遣が問いかける主権の境界線
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ミラノに降り立った「招かれざる客」

ミラノ・マルペンサ空港の到着ロビーは、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪の開幕を目前に控え、色とりどりの代表ジャージと祝祭的な高揚感で溢れかえっていた。しかし、その喧騒の裏で、イタリア内務省の関係者たちが明らかに困惑の表情を浮かべる一団が、静かに、だが毅然とした足取りでイタリアの土を踏んだ。彼らの背中には、五輪警備のリエゾンとして馴染み深い「DSS(外交保安局)」の文字に加え、より強権的なイメージを伴う「ICE(米国移民税関捜査局)」のロゴが刻まれていたからだ。

「当初の合意とは話が違う」。現場の警備調整を担当するイタリア警察のマルコ・ビアンキ氏(仮名)は、苛立ちを隠せない様子でそう吐露した。ビアンキ氏によれば、イタリア政府は当初、対テロ協力やサイバーセキュリティの名目で米国の捜査機関を受け入れる準備を進めていた。しかし、トランプ政権(第2期)が最終段階で強硬にねじ込んできたのは、国境管理と強制送還を主務とするICEの特別捜査官たちであり、その要求する権限は従来の連絡係の枠を大きく逸脱するものだった。

現地紙『ラ・レプブリカ』が報じた内部文書によれば、米国側は独自の「脅威評価アルゴリズム」に基づく不審者の事前スクリーニングや、場合によっては現地警察を介さない直接的な尋問への関与さえも示唆しているという。ただし、本件に関し、米国大使館および国土安全保障省は現時点で公式なコメントを控えており、これらの「尋問権」や「拘束権」に関する記述は、あくまでイタリア側からのリーク情報に基づいている点には留意が必要だ。それでも、2026年の「アメリカ・ファースト」が、物理的な国境を越え、同盟国の領土内においても自国の法執行論理を優先させようとしているという懸念は、欧州外交筋の間で急速に広がっている。

トランプ2.0時代の「域外法執行」

ミラノ・コルティナ・ダンペッツォ冬季五輪の開幕を目前に控えたイタリア北部。雪化粧をしたアルプスの山麓に、欧州の治安当局者たちが直面しているのは、安全保障の新たな「コスト」だ。従来の五輪、例えば2024年のパリ大会において、米国の法執行機関の役割は、国務省傘下の外交保安局(DSS)を中心とした現地警察との連携と、米選手団および要人の警護に主眼が置かれていた。

しかし、ホワイトハウスが主導する新たな安全保障指針は、この外交的な不文律を書き換えたようだ。国土安全保障省(DHS)傘下のICE、特にその捜査部門であるHSI(国土安全保障捜査局)の大規模派遣は、表向きはテロリズムや人身売買、そして国境を越える犯罪ネットワークの遮断を名目としている。だが、その運用実態は、米国内法の論理をイタリアの司法管轄権内で適用しようとする「域外法執行」に近い性質を帯びているとの指摘がある。

ローマの外交筋によれば、イタリア政府は当初、この人員派遣と指揮系統の要求に難色を示したとされる。主権国家として、自国内の警備権限を外国機関に委ねることは本来あり得ないからだ。しかし、不安定な国際情勢下、開催国としてのイタリアは米国の圧倒的なインテリジェンス能力に依存せざるを得ない。トランプ政権はこの「非対称な依存関係」を計算し、高度な安全保障アセットの提供と引き換えに、自国の法執行官に一定のフリーハンドを与えるよう迫った形だ。

ローマの怒りと欧州の懸念

「同盟国といえども、我々の領土内で外国の警察権執行を認めることは、国家としての尊厳に関わる問題だ」。イタリア内務省関係者の言葉は、ローマの不穏な空気を象徴している。この「ローマの怒り」は、アルプスを越えて欧州全体に波及している。特に懸念を強めているのが、ブリュッセルのEU本部と、独自の戦略的自律性を模索するフランスだ。

さらに、実務的な「火種」も存在する。ICEが使用する顔認証技術やデータ収集手法は、EUが誇る厳格な一般データ保護規則(GDPR)と真っ向から対立する可能性が高いからだ。米国側は「テロリストスクリーニングに不可欠」と主張するが、欧州市民にとってそれは、プライバシー主権の問題となる。

米国による五輪警備要員の派遣規模推移(推計)

上のデータが示す通り、ミラノ五輪における米国側の派遣要求数は、近年の大会と比較しても突出している(出典:イタリア内務省リーク情報および過去のDHS予算資料に基づく推計)。パリ大会からわずか2年で倍増以上というこの数字は、脅威レベルの上昇だけでは説明がつかず、トランプ政権の政治的意志の現れとも読み取れる。

対岸の火事ではない:日本への視座

ミラノでの摩擦は、東京・永田町にも静かな波紋を広げている。日本は戦後長きにわたり、日米地位協定(SOFA)という枠組みの中で、米軍の法的地位に関する調整を続けてきた。今回の事例が突きつける課題は、軍事的な枠組みを越え、文民法執行機関であるICEが「米国民の保護」を理由に活動範囲を広げている点にある。

日米の安全保障実務に詳しいシンクタンク上席研究員、佐藤健太氏(仮名)は次のように分析する。「もちろん、条約に基づく恒常的な米軍駐留と、五輪という一時的なイベント警備を単純に同一視することはできません。しかし、トランプ政権がミラノで既成事実化しようとしている『米国人の安全のためなら、同盟国の管轄権を一部超越できる』という論理は、将来的なリスクとして注視すべきです。例えば、大阪・関西万博などで同様の要求がなされた場合、日本政府はそれを拒否できるのか。これは『主権の侵食』における一種の観測気球とも言えるのです」

同盟の再定義:保護か、介入か

2026年、同盟関係は「共有された価値観」に基づくパートナーシップから、「具体的な対価」を伴う取引へと変質しつつあるのかもしれない。イタリアでのICE展開要求は、テロ対策という名目の下、安全保障協力が「主権の譲歩」を条件とし始めていることを示唆している。

かつて「安全保障のコスト」とは、主に財政的な負担を指していた。しかし現在、そのコストは「法的・行政的な自律性の喪失」という、より不可視で深刻な領域へと侵食し始めている。イタリア政府が最終的にどこまで米国の要求を飲むかは、今後のG7諸国における対米関係の新たなベースラインとなるだろう。ミラノの凍てつく空の下で突きつけられているのは、単なる警備計画の問題ではなく、同盟国としての尊厳そのものなのである。