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ニューヨーク大麻市場の迷走:善意の政策が招いた「行政不全」と政治的代償

AI News Team
ニューヨーク大麻市場の迷走:善意の政策が招いた「行政不全」と政治的代償
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マンハッタンの憂鬱:『合法化』の影で増殖した無法地帯

2026年1月、マンハッタンの寒空の下で息を吸い込むと、そこには独特の甘ったるい香りが混じっている。それは自由の香りというよりは、州政府が自ら招いた「無秩序」の臭気そのものだ。キャシー・ホークル・ニューヨーク州知事が、州大麻管理庁(OCM)の抜本的改革を宣言し、当時のトップであったクリス・アレクサンダー氏を更迭してから約2年が経過しようとしている。しかし、その「外科手術」もまた、転移しきった病巣を摘出するには至らなかったことが、現在の街の惨状を物語っている。

かつてコンビニエンスストアや空き店舗だった場所は、毒々しいネオンサインを掲げた「あやふやな店」へと変貌を遂げた。公認のディスペンサリー(販売所)を探すのは、依然として干し草の山から針を探すような作業だ。対照的に、無認可の「トラップ・ショップ」はスターバックスよりも頻繁に目に入る。これらの店舗は、州が掲げた厳格なパッケージング規制や成分表示義務などどこ吹く風で、派手なアニメキャラクターが描かれたグミや、出所不明の高濃度製品を、年齢確認もそこそこに売りさばいている。

この混沌の最大の被害者は、皮肉なことに、州がこの制度設計において最も救済しようとしたはずの人々である。「社会的公正(Social Equity)」を掲げたニューヨーク州の大麻合法化は、過去に薬物犯罪で不当に処罰されたマイノリティ層に優先的にライセンスを与えるという、全米でも類を見ない野心的なモデルを採用した。しかし、その高潔な理想は、実務能力の欠如という冷徹な現実の前に砕け散っている。

「正直者が馬鹿を見るとは、まさにこのことです」。アッパー・ウエスト・サイドで正規ライセンスの取得を待ち続けているデビッド・チェン氏(仮名)は力なく笑う。チェン氏は3年前、退職金のすべてを注ぎ込んで店舗物件を確保し、州の複雑怪奇な申請プロセスに従順に従ってきた。しかし、許認可のボトルネックは解消されず、毎月数千ドルの家賃だけが空っぽの店舗のために消えていく。

「私が書類の不備を指摘されて足踏みしている間に、向かいの通りには無許可の店が2軒もオープンしました。彼らは税金も払わず、検査も受けず、私が想定していた価格の半値で客を奪っています。州政府は『取り締まる』と言いますが、まるでモグラ叩きです」とチェン氏は憤る。彼の言葉は、リベラルな政策立案者が陥りがちな、「意図」と「結果」の致命的な乖離を物語っている。

ニューヨーク市会計監査官による2025年の経済影響報告書が指摘するように、ニューヨークの地下経済は合法化によって縮小するどころか、むしろ「グレーゾーン」という隠れ蓑を得て肥大化した。合法化されたという事実だけが先行し、消費者の多くは「街角で売られているものは全て合法」だと誤認している。この認識のギャップこそが、違法業者がつけ込む最大の商機となっているのだ。

理想と現実の乖離:機能不全に陥った規制当局

2021年、「マリファナ規制・課税法(MRTA)」が高らかに成立した際、ニューヨーク州が掲げた理想は極めて崇高なものであった。しかし、2026年1月の現在、その理想は行政機能の麻痺と、それにつけ込んだ地下経済の暴走によって見る影もない。

この混乱の主因は、初期のライセンス付与プロセスにあった構造的な欠陥にある。OCMは、「過去に大麻関連で有罪判決を受けた本人またはその家族」という極めて狭く複雑な条件を満たす申請者を優先したが、その審査プロセスは官僚的な厳格さを追求するあまり、実務的な処理速度を完全に無視していた。2024年の指導部刷新後も、積み上がった未処理案件の山(バックログ)は解消されず、2025年末に実施された内部監査でも「手続きの簡素化は不十分」との結論が出されている。

行政が「誰に売らせるのが道徳的に正しいか」という審査に時間を費やしている間、市場原理は冷徹に機能した。需要がある場所に供給が生まれる。正規のライセンスを持たない違法店舗(イリシット・ショップ)が、雨後の筍のように乱立したのである。これら違法業者の多くは、州が定める厳格な品質検査や、売上の13%にも及ぶ物品税を回避できるため、正規店よりも安価に商品を供給し続けた。

ニューヨーク州における大麻店舗数の推計(2025年末時点)

ブルックリンで正規ライセンスの取得を待ち続けたマイケル・ウィリアムズ氏(仮名)のような申請者は、行政による裏切りに直面している。彼が銀行融資を取り付け、店舗の賃貸契約を結びながらOCMからの認可を待ち続けている間に、近隣の需要は違法ショップに根こそぎ奪われた。2025年末時点で、州内の正規店舗数は約450店舗にとどまり、当初の予測を大きく下回っている。対する違法店舗は推計で3,000軒近くに上り、この圧倒的な「数」の差こそが、行政の完全な敗北を物語っている。

ホークル知事による州警察や州兵を動員した強制的な取り締まり(「パドロック作戦」)も、市場が違法業者によって事実上占拠された後では、焼け石に水であった。「社会的弱者の救済」というリベラルな理念が、実効性のある執行計画(オペレーション)を伴わない場合、結果として正直な事業者を排除し、法を無視する者を利するという皮肉な現実を露呈させたのだ。

ホークル知事の誤算:揺らぐ政治基盤

キャシー・ホークル知事にとって、この失態は単なる政策の失敗にとどまらない。2026年、トランプ政権が第2期に入り、連邦レベルでの「法と秩序」の徹底や規制緩和を強める中、民主党の牙城であるニューヨークで「リベラルな統治モデル」が機能不全に陥っているという事実は、格好の攻撃材料となっている。

事態の深刻さは、2025年後半に実施された行政サービスの総点検報告書によっても裏付けられた。報告書はOCMについて「依然としてボトルネックが常態化している」と指摘し、抜本的な改善が見られないことを認めている。これは、社会正義を追求するあまり、実務的な市場規律を軽視した結果、皮肉にも「正義」が最も守りたかった社会的弱者——合法的なライセンス取得を目指すマイノリティ事業者——を窮地に追い込んだ構図を浮き彫りにしている。

ブロードウェイの一等地で正規のライセンスを取得し、ようやくディスペンサリーを開業したジェームズ・カーター氏(仮名)は、経営者としての苦悩を吐露する。「私たちは州が定めた厳格なセキュリティ要件を満たし、高額な税金を納め、従業員の福利厚生も整備しました。しかし、私の店のわずか2ブロック先では、無許可の店が検査もされていない製品を半値で売り続けているのです」。カーター氏の店は、コンプライアンスコストと違法店との価格競争の板挟みになり、利益を圧迫され続けている。

有権者は、理念の美しさよりも、目の前の道路から違法な煙の臭いが消えること、そしてルールを守る者が報われる当たり前の行政機能を求めている。OCMの再編や、違法店への閉鎖権限を強化するタスクフォースの設置といったホークル氏の対策は、選挙イヤーを意識した必死の火消しに見えるが、一度失墜した「実務家」としての信頼を取り戻すには、あまりにも時間が足りない。

『自由』の代償か、統治の敗北か

マンハッタンのミッドタウンを歩けば、かつては焼きたてのプレッツェルや排気ガスの臭いが漂っていた街角が、今や独特の甘ったるい大麻の香りに覆われていることに気づくだろう。この歪な現実は、リベラルな統治モデルが直面する深刻な機能不全を象徴している。

トランプ政権下で進む「規制緩和」と「自由競争」の潮流において、ニューヨーク州が演じている「過剰な規制による市場の窒息」は、保守派メディアにとって格好の批判材料だ。「民主党が支配する都市は、自由を管理しようとして秩序を失った」というナラティブは、2026年の中間選挙を睨む共和党の強力な武器となりつつある。

現場で暮らす市民の実感は、より切実だ。前出のカーター氏はこう語る。「リベラルな政治家たちは『誰も逮捕されない自由』を語るが、私たちのような法を守る市民が感じる『不公平感』については誰も責任を取ろうとしない」。カーター氏の言葉は、規制緩和と治安悪化の境界線が曖昧になった現在のニューヨークにおいて、多くの市民が抱く閉塞感を代弁している。

結局のところ、現在ニューヨークで起きている事態は、行政が「市場」と「倫理」の両方をコントロールできるというリベラリズムの傲慢さが招いた結果と言えるかもしれない。社会的正義を追求するあまり、行政としての基本的な執行能力――すなわち、合法と非合法の境界線を明確にし、それを維持する力――が麻痺してしまったのだ。

このニューヨークの失敗は、海を越えて日本にも重い教訓を突きつけている。どれほど理念が美しくとも、それを実装するための「ロジスティクス」――許認可のスピード、監視体制の実効性、市場へのインセンティブ設計――が欠落していれば、社会には混乱しか生まれない。私たちが学ぶべきは、社会を変えるのは「熱狂的な理想」ではなく、それを現実の地面に着地させる「冷徹な実務能力」であるという真実だ。