ソウルの衝撃:トランプ関税が突きつける日本の「明日は我が身」

破られた協定:ソウルを襲った深夜の衝撃
ソウルの金融中心地である汝矣島(ヨイド)がまだ深い静寂に包まれていた午前3時、ワシントンD.C.から発信された一通の短い声明が、韓国の政財界を震撼させました。わずか3ヶ月前の2025年10月、「歴史的な再合意」として両国首脳がシャンパングラスを交わしたばかりの米韓貿易協定に対し、トランプ大統領は「米国の労働者を犠牲にする不公平な条項が依然として隠されている」として、突如、全韓国製品に対する20%の追加関税検討を示唆したのです。この深夜の衝撃は、外交ルートを通じた事前通告なき「不意打ち」であり、同盟国に対する信義という従来の外交プロトコルが、第2期トランプ政権下ではもはや機能しないことを残酷なまでに突きつけました。
翌朝の韓国総合株価指数(KOSPI)は、この発言に過敏に反応し、まさに「パニック」の様相を呈しました。寄り付き直後から現代自動車やサムスン電子といった対米輸出依存度の高い主要銘柄が集中的な売りを浴び、指数は一時、前日比で4%を超える急落を記録しました。「取引開始のベルが鳴った瞬間、モニターが真っ青(韓国市場で下落を示す色)に染まるのを見て、最初はシステムエラーを疑いました」。汝矣島の資産運用会社でシニアトレーダーを務める(仮名) イ・ジュンホ 氏は、その瞬間の混乱をそう振り返ります。「数ヶ月前の協定締結で、不確実性は解消されたというのが市場のコンセンサスでした。それが、たった一つのSNS投稿で消し飛んだのです。我々が積み上げてきたリスク計算や『合意』の重みとは一体何だったのか、という虚無感がフロアを支配しました」。
韓国政府の対応も完全に後手に回りました。龍山(ヨンサン)の大統領室は未明に緊急の国家安全保障会議(NSC)を招集し、ワシントンへの事実確認に追われましたが、公式な声明が出されたのは市場が混乱に陥った数時間後のことでした。産業通商資源部に近い関係者が匿名を条件に語ったところによれば、ホワイトハウスの強硬派アドバイザーたちが主導する「米国優先(アメリカ・ファースト)」の再定義において、過去の合意文書は交渉の「ゴール」ではなく、いつでも破棄可能な「暫定的なスタートライン」として扱われているのが実情です。この認識は、ヘリテージ財団が2025年末に発表した政策提言書『プロジェクト2026:主権の回復』にある「既存条約の動的見直し」というドクトリンとも完全に一致しており、ソウルを襲った悲劇が単なる偶発事故ではないことを示唆しています。
トランプ発言直後のKOSPI(韓国総合株価指数)の日中推移 (出典: 韓国取引所 KRX)
この出来事が日本の政策立案者や経団連加盟企業の経営層に突きつける教訓は明白です。それは、特定の首脳間の個人的な信頼関係や、過去に署名された文書だけでは、国家の経済安全保障を担保しきれないという冷徹な現実です。ゴールドマン・サックスが最近のレポートで警告しているように、2026年の地政学的リスクは「予測不可能性」そのものであり、米国市場への過度な依存は、そのまま制御不能な経営リスクへと直結します。

『アメリカ・ファースト』の冷徹な論理と再計算
ワシントンD.C.の政治力学は、2026年に入り、かつてないほど冷徹な計算式によって動いています。トランプ大統領による韓国への関税引き上げ示唆は、多くの日本の観察者が期待したような「一時的な脅し」や「交渉のプロレス」の範疇を超えています。これは、第2期トランプ政権が確立した「ニュー・ノーマル(新常態)」の洗礼であり、その論理構造を解明しない限り、日本企業は明日、同じ銃口を向けられることになるでしょう。
なぜ今、韓国なのか。その答えを探るため、ラストベルト(錆びた工業地帯)の支持層に向けたパフォーマンスという側面を見過ごすことはできません。2026年の中間選挙を控え、政権は目に見える「戦果」を渇望しています。ミシガン州やペンシルベニア州の工場労働者にとって、同盟国からの輸入車や鉄鋼が彼らの雇用を奪っているというナラティブは、依然として強力な集票マシンとして機能します。「アメリカ・ファースト」において、敵味方の区別はイデオロギーや歴史的同盟関係ではなく、「貿易収支」という唯一の帳簿によって決定されます。ピーター・ナバロの系譜を継ぐ政権内の強硬派エコノミストたちが主張するように、彼らにとって貿易赤字は単なる経済指標ではなく、国家資産の「流出」であり、是正されるべき「不正義」なのです。
しかし、この動きを単なるポピュリズムと切り捨てるのは危険です。そこには、極めて実利的な「取引(ディール)」の論理が働いています。ホワイトハウスの内部事情に詳しい米政治アナリストは、「関税は目的ではなく、手段に過ぎない」と指摘します。トランプ政権が真に狙っているのは、関税そのものの収入よりも、それをテコに引き出せる譲歩です。それは防衛費分担金の増額かもしれないし、あるいは米国内へのさらなる半導体工場投資、あるいは対中包囲網へのより積極的なコミットメントかもしれません。
この現実に直面し、日本の産業界には動揺が広がっています。浜松市に拠点を置く中堅自動車部品メーカーの取締役、(仮名) 佐藤健太 氏は、「これまでは『日米同盟は特別だ』という漠然とした安心感がありました。しかし、韓国への対応を見て、明日は我が身だと痛感しています」と語ります。かつて安倍晋三元首相が築いた個人的な信頼関係という「遺産」は、2026年の現在、もはや有効な防波堤ではありません。トランプ大統領にとって過去の握手はサンクコスト(埋没費用)であり、重要なのは「今、アメリカに何を提供できるか」という一点のみだからです。
半導体と自動車:韓国経済の動脈硬化リスク
トランプ政権2期目が始動して1年、ソウル市江南区のビジネス街には、かつてない閉塞感が漂っています。韓国経済を支える「二つの心臓」――半導体と自動車――が、ワシントン発の不確実性という名の血栓によって、深刻な動脈硬化を起こしつつあるからです。2025年を通じて繰り返された「米国への投資だけでは不十分だ」という大統領のメッセージは、2026年に入り、具体的な関税障壁と補助金撤廃の脅威となって現実化しています。
韓国の輸出総額の約20%を占める半導体産業は、まさにその嵐の中心にあります。サムスン電子とSKハイニックスは、バイデン前政権下の「CHIPS法」による補助金を前提に、テキサス州やインディアナ州での巨額投資を断行しました。しかし、トランプ大統領はこれらを「悪い取引」と断じ、補助金受給要件の厳格化や、米国内での生産比率引き上げを執拗に迫っています。問題はコストだけではありません。最先端プロセスの歩留まり向上に不可欠な熟練技術者のビザ発給制限も相まって、米国内工場の稼働計画は修正を余儀なくされています。
「以前は技術的なロードマップさえあれば投資判断ができましたが、今は『トランプ氏の朝の投稿』が全てを変えてしまう」。京畿道平沢市の半導体製造装置メーカーで営業本部長を務める(仮名) 李準基(イ・ジュンギ)氏は、疲労の色を隠せません。「米国の顧客からは『Made in USA』の証明書を求められ、中国の顧客からは輸出規制の抜け道を相談される。我々は米中の板挟みで身動きが取れなくなっています」。
自動車産業における打撃は、より直接的です。ヒョンデ(現代自動車)と起亜は、米国市場でのEVシェアを急拡大させてきましたが、その成功こそがトランプ政権のターゲットとなりました。インフレ抑制法(IRA)の環境条項が骨抜きにされ、米国製バッテリー要件がさらに強化されたことで、韓国からの完成車輸出には実質的なペナルティが課されています。
トランプ関税シナリオ別・韓国主要産業の営業利益押し下げ影響試算 (2026年予測) 出典: ゴールドマン・サックス グローバル投資調査部
上図の試算が示す通り、トランプ政権が示唆する「一律関税」や「補助金撤廃」が現実化した場合、そのインパクトは営業利益の10%〜20%消失という壊滅的なレベルに達します。これは単なる「韓国の問題」ではありません。韓国の半導体・自動車産業は、日本の素材・部品・装置(ソ部障)産業と深くリンクしているからです。韓国メーカーの生産調整は、直ちに日本のサプライヤーへの発注減として跳ね返ってきます。
対岸の火事ではない:日本の貿易黒字への照準
韓国に向けられた関税の矛先を「対岸の火事」と決め込むことは、あまりに楽観的かつ危険な賭けであると言わざるを得ません。トランプ政権第2期における通商政策の論理は極めてシンプルであり、そこには「同盟国」という感情的な安全装置は存在しないからです。ホワイトハウスが問題視するのは、安全保障上の友好関係ではなく、純然たる「数字」――すなわち、米国の富がいかに流出しているかを示す貿易収支の赤字幅です。
ワシントンの通商代表部(USTR)周辺では、すでに次なるターゲットとして日本の名前が囁かれ始めています。その最大の根拠となるのが、依然として高水準にある日本の対米貿易黒字です。2025年の統計(米商務省および財務省データに基づく推計)において、日本の対米黒字は自動車産業を中心に底堅く推移しており、トランプ大統領が「不公平」と断じる基準値を大きく上回っています。
さらに状況を悪化させているのが、構造的な「円安」です。日銀が金融政策の修正を模索しつつも、日米金利差を背景とした円安基調は2026年に入っても継続しています。かつてのアベノミクス初期には容認されたこの円安も、トランプ政権の目には「意図的な通貨安誘導」、すなわち為替操作による輸出補助金と同義に映っています。
以下のデータは、直近数年間における米国の対日および対韓貿易赤字の推移を示したものです。韓国の黒字幅拡大がトランプ氏の逆鱗に触れたのと同様、日本の黒字幅もまた、看過できないレベルで推移していることが視覚的に明らかです。
米国の対日・対韓貿易赤字の推移 (2023-2025) 出典: 米国国勢調査局 貿易統計
このグラフが示す右肩上がりのトレンドは、トランプ政権にとって「日本が米国市場を食い物にしている」という動かぬ証拠として機能します。韓国への関税示唆は、日本に対する「観測気球」であり、あるいは「予行演習」であると捉えるべきです。いま求められているのは、対米追従という思考停止からの脱却と、経済安全保障の自律的な再定義です。

安全保障と経済のデカップリング崩壊
ワシントンD.C.から発せられた「韓国製電子機器および自動車に対する一律20%の関税検討」という短い声明は、ソウルの株式市場を揺るがしただけでなく、東京・霞が関の安全保障担当者たちの背筋をも凍らせました。これは単なる貿易不均衡の是正措置ではありません。第2次トランプ政権において、「同盟国」というステータスがもはや経済的な免罪符にはなり得ないという、冷徹な現実の証明だからです。かつて日本政府が金科玉条としてきた「政経分離」――安全保障は米国と、経済は全方位で――というドクトリンは、2026年の今、完全に崩壊したと言わざるを得ません。
都内の大手総合商社で地政学リスク分析を担当する (仮名) 山本博 氏は、この状況を「同盟コストの暴騰」と表現します。「かつて我々は、米国製品を買うことや米軍駐留経費を負担することを『安全保障への保険料』と見なしていました。しかし、トランプ大統領のディールにおいては、保険料を払っても保険金が下りない可能性がある」。山本氏が指摘するように、韓国企業が米国のサプライチェーンから排除されれば、そこから半導体やバッテリーを調達している日本の自動車産業も連鎖的な打撃を受けます。
実際、市場はすでにこの「同盟リスク」を織り込み始めています。以下は、トランプ大統領の関税発言前後における、日韓の主要防衛関連株と通貨の変動を示したものです。安全保障の不確実性が、即座に経済的評価損につながっていることが分かります。
トランプ大統領関税発言後の日韓市場変動 (2026年1月) 出典: Bloomberg Terminal
このデータが示唆するのは、投資家たちが「日米韓の結束」をもはや資産ではなく、リスク要因として捉え始めているという事実です。米国による経済的威圧は、短期的な米国内の雇用保護には寄与するかもしれませんが、長期的には東アジアにおける米国の影響力を劇的に低下させる「自傷行為」となりかねません。
アジア同盟国の生存戦略:米国依存からの脱却か
トランプ政権が突如として突きつけた韓国製品への関税引き上げの可能性は、永田町と霞が関に冷や水を浴びせました。前述の佐藤健太氏(浜松市・自動車部品メーカー取締役)は、前回のトランプ政権時の教訓から北米生産比率を40%まで引き上げてきましたが、ここにきて焦燥感を隠せません。「かつて我々は、アメリカに工場を作れば『雇用を生む良きパートナー』として守られると信じていました。しかし今は、その工場自体が人質に取られているような感覚です」。佐藤氏が懸念するのは、米国市場への過度な適応が、かえって経営の自律性を奪う「同盟国の罠」に陥っているのではないかという点です。
日本が直視すべきは、「同盟国特権」という幻想の崩壊です。米国が保護主義的な「要塞化」を進める中で、日本の生存戦略は、米国市場への依存度を管理可能なレベルまで引き下げ、より多層的な経済安全保障体制を構築することにシフトせざるを得ません。ここで鍵となるのが、皮肉にも同じく米国の圧力に晒されている韓国との連携です。歴史的な軋轢を超え、半導体やEVバッテリーといった戦略物資において、日韓が共通のサプライチェーン防衛網を敷くことは、対米交渉力を高める唯一の現実的なカードとなり得ます。
日韓の対米輸出依存度の推移 (2021-2025) 出典: 財務省貿易統計および韓国産業通商資源部
この数字が意味するのは、米国経済のくしゃみ一つで、日韓の産業基盤が肺炎を起こしかねないという構造的な脆さです。経団連加盟企業の経営層や機関投資家は、今こそ「利益の最大化」よりも「生存の確実性」へとかじを切るべきです。ワシントンの顔色を窺うだけの外交から脱却し、アジア独自の経済安全保障アーキテクチャを描くこと。それこそが、予測不能なトランプ大統領という「変数」に対する、最も合理的な「定数」となるでしょう。