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繁栄の死角とアイオワの嘆き:トランプ2.0経済が招く二極化の代償

AI News Team
繁栄の死角とアイオワの嘆き:トランプ2.0経済が招く二極化の代償
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凱旋する大統領、沈黙する穀倉地帯

2026年1月28日、アイオワ州デモイン。氷点下15度の寒風をものともせず、空港の格納庫には数千人の支持者が詰めかけていた。再選を果たし、2期目の2年目を迎えたドナルド・トランプ大統領の「凱旋」である。壇上の大統領は、過去最高値を更新し続けるダウ平均株価と、前四半期のGDP成長率3.2%という数字を誇らしげに掲げ、「アメリカの黄金時代は続いている」と宣言した。その熱気は、まるで2016年の選挙戦を再現するかのような高揚感に包まれている。しかし、その喧騒からわずか数マイル離れた穀倉地帯には、重苦しい沈黙が広がっていた。

「ワシントンやウォール街で見ている数字と、ここの土の上で起きていることには、絶望的な乖離があります」。デモイン郊外に拠点を置く日系商社の現地駐在員、(仮名) 佐藤健太氏は、凍てついたトウモロコシ畑を見つめながら静かに語った。佐藤氏は過去10年にわたり、この地で穀物相場と農家の経営状態を定点観測してきたベテランだ。彼の手元にあるデータは、大統領の演説とは異なる残酷な現実を示している。シカゴ商品取引所(CBOT)での穀物価格は、世界的な供給過剰と「トランプ2.0」政権による攻撃的な関税政策への報復措置への懸念から低迷を続けている。一方で、肥料や農業機械の価格はインフレの影響で高止まりしたままだ。

2026年アイオワ州:農家所得と生産コストの乖離 (対2020年比)

農務省の統計も佐藤氏の懸念を裏付けている。マクロ経済の好調さは、地方経済の空洞化を覆い隠す「迷彩」として機能してしまっているのだ。連邦準備制度理事会(FRB)のタカ派的な姿勢とドル高は、輸出依存度の高い米国農業にとって二重の苦しみとなっている。日本の投資家や商社が注視すべきは、この「見えない不況」がもたらす政治的な余波である。アイオワ州の農家たちの間では、かつての熱狂的な支持が、静かな諦念、あるいは既存の政治システム全体への不信へと変質しつつある。

地元の農業組合が発行した最新のレポートによれば、州内の中小規模農家の約15%が、次の作付けシーズンの資金繰りに深刻な懸念を抱いているという。これは単なる経済問題にとどまらず、地域コミュニティの崩壊を招きかねない。教会やダイナーといった地域のハブが活気を失い、ラストベルトで見られたような「社会の砂漠化」が、かつて豊かさの象徴であったファームベルトでも進行している。株高の恩恵が都市部の資産保有層に集中する一方で、地方の実体経済が疲弊していくこの構造的な格差は、2026年のアメリカが抱える最大のリスク要因と言えるだろう。

表面的な数字の繁栄に酔いしれる首都と、沈黙の中で生存をかけた闘いを続ける地方。このコントラストこそが、次なるポピュリズムの波、あるいはより過激な「調整」を求める声を育む土壌となっている。

ウォール街が熱狂する「トランプ・ブーム」の正体

一方、2026年の年明けとともに、ニューヨーク証券取引所(NYSE)はかつてない熱気に包まれた。ダウ工業株30種平均とS&P500種指数は連日で最高値を更新し、ウォール街のトレーダーたちの間では「アニマル・スピリット(強気な投資意欲)の復活」が合言葉のように囁かれている。トランプ政権2期目が掲げる「アメリカ・ファースト」の経済政策、とりわけ過激とも言える規制緩和と法人減税への期待が、市場に強烈なモメンタムを与えていることは疑いようがない。

この「トランプ・ブーム」のエンジンとなっているのは、明確な勝者の選別である。バイデン前政権下で厳格な環境規制や独占禁止法の網をかけられていたエネルギーセクターと巨大テック企業は、重石が取れたかのように急騰した。特に、ホワイトハウスが「AI優位性確保のための大統領令」に署名し、AI開発における安全性の枷を事実上撤廃したことは、シリコンバレーとウォール街の蜜月関係を決定的なものにした。ゴールドマン・サックスの2026年投資展望レポートが指摘するように、投資マネーは「規制なき成長」を約束された分野へと雪崩を打って流入している。

東京の深夜、モニター越しにこの狂騒を見つめる日本の個人投資家たちも、この波に乗り遅れまいと必死だ。都内の証券会社に勤務する(仮名) 鈴木一郎氏は、「円安のリスクを差し引いても、今の米国株の勢いは無視できません。特に防衛関連と化石燃料関連の銘柄は、ポートフォリオの守護神のような存在になっています」と語る。鈴木氏のような日本の投資家にとって、トランプ大統領の保護主義的な言動は地政学的な不安要素である反面、短期的には米国企業の利益率を押し上げる「カンフル剤」として機能しているように映る。実際、2025年第4四半期の決算では、主要なシェールオイル企業や防衛産業が市場予想を大幅に上回る利益を計上しており、これが株価上昇を正当化するファンダメンタルズの裏付けとなっている。

しかし、この数字上の繁栄を支えているのは、単なる期待感だけではない。トランプ政権が矢継ぎ早に打ち出した「連邦規制の撤廃」は、企業のコンプライアンスコストを劇的に圧縮した。環境保護庁(EPA)の権限縮小や、連邦取引委員会(FTC)によるM&A審査の緩和は、企業経営者たちに「自由に稼ぐ権利」を取り戻させたと歓迎されている。フィナンシャル・タイムズ紙が「ワシントンからウォール街への贈り物」と評したように、政策変更が直接的にボトムライン(最終利益)を押し上げているのだ。

トランプ・トレードの勝者たち:セクター別騰落率 (2025-2026)

物価高騰という「見えない増税」の猛威

ウォール街の活況は、アイオワ州の凍てつくトウモロコシ畑には届いていない。マクロ経済の「熱狂」と、地方都市の生活者が感じる「悪寒」の間には、かつてないほどの乖離が生じている。この乖離こそが、政権が掲げる「アメリカ・ファースト」の足元を揺るがす、最も深刻な構造的欠陥である。

アイオワ州デモイン郊外で小さなダイナーを経営する(仮名)サラ・ミラー氏は、朝の仕込みをしながらため息をつく。「株価が上がったというニュースを見るたびに、別の国の話のように感じます。ここにあるのは、値上がりし続ける卵と、暖房費の請求書だけです」。彼女の言葉は、統計数字には表れない「体感物価」の冷徹な現実を映し出している。

2024年の選挙戦でトランプ氏が約束したインフレ抑制は、皮肉にも彼自身の政策によって阻害されている側面がある。輸入品に対する高関税措置は、確かに国内産業保護のアピールにはなったが、それは同時に、肥料や農業機械の部品、そして日用品のコスト増として、最終的にミラー氏のような末端の消費者に転嫁されているからだ。エネルギー価格の変動も激しい。規制緩和による化石燃料の増産は進められているものの、世界的な供給網の分断リスクや、極端な気象現象による物流の混乱が、ガソリンや暖房用オイルの価格を高止まりさせている。

連邦労働省のデータによれば、2025年後半の名目賃金は平均で3.2%上昇した。しかし、食料品とエネルギーを除いたコア指数ではなく、生活に直結する「総合指数」で見れば、実質的な購買力はむしろ低下している地域が中西部を中心に広がっている。特に、加工食品や外食産業における価格上昇率は賃金上昇率を上回り続けており、これが実質的な「見えない増税」として家計を圧迫しているのである。

規制緩和の影で進行する地方の空洞化

この「K字型」の乖離は、農業分野に限った話ではない。ラストベルトの製造業においても、自動化とAI導入を促進する設備投資減税は、資本力のある大企業には恩恵をもたらしたが、そのあおりを受けたのは、自動化によって代替されつつある現場の労働者層である。

アイオワ州北西部で3代続くトウモロコシ農場を経営する(仮名) マイケル・ハンセン氏(54)は、昨年の収穫感謝祭で家族に対し、農場経営の縮小を検討していると打ち明けた。ハンセン氏は2024年の大統領選で、規制撤廃と「アメリカ・ファースト」による国内産業保護を掲げたトランプ氏に票を投じた一人だ。「規制緩和は、我々のような小規模事業者から手足を縛るロープを解いてくれると信じていた。だが実際に解き放たれたのは、我々を飲み込もうとする巨大アグリビジネスの方だった」と彼は語る。

農務省(USDA)のデータと現地経済レポートを照らし合わせると、肥料や種子、農機具といった生産コストは高止まりしている一方、大規模なM&Aによって市場支配力を強めたサプライヤー企業は、過去最高益を記録している。トランプ政権が進める環境規制の撤廃や独占禁止法の運用緩和は、資本力のある巨大企業にとってはコスト削減と市場拡大の追い風となったが、価格決定権を持たない中小農家にとっては、交渉力の低下とマージンの圧縮を意味した。

乖離する繁栄:アグリビジネス株価指数と中小農家実質所得の推移 (2020年=100)

日本企業が直視すべき「分断されたアメリカ」

ニューヨーク株式市場が連日のように最高値を更新し、第2次トランプ政権による劇的な規制緩和が企業収益を押し上げている現在、日本のビジネス界では「米国市場への強気姿勢」が支配的だ。しかし、この熱狂の裏側にある「音のない悲鳴」に耳を傾けなければ、日本企業は致命的な判断ミスを犯すことになる。

アイオワ州デモイン郊外で農業機械の修理工場を営む(仮名) トーマス・アンダーソン氏は、スマートフォンの画面に表示されるS&P500の数値を冷ややかな目で見つめていた。「ニュースでは好景気だと言いますが、私の工場に来る農家たちは、修理代の支払いさえ分割にできないかと頼んできます」。アンダーソン氏の証言は、ワシントンの統計データが捉えきれない現実を突きつける。2025年後半から続く中西部を中心とした干ばつと、物流コストの上昇は、地方経済の血管を静かに、しかし確実に締め付けている。

日本企業にとってのリスクは、この「株高」を「購買力旺盛な市場」と誤認することにある。高価格帯の製品やサービスは、富裕層や都市部のエリート層には受け入れられるだろうが、ボリュームゾーンであったはずの中間層は、すでに「選択的消費」へとシフトし、耐久消費財の買い替えサイクルを長期化させている。

さらに警戒すべきは、この経済的格差が政治的な分断を加速させている点だ。アイオワ州のような「置き去りにされた地域」の不満は、もはや既存の民主・共和という対立軸を超え、反グローバリズムや過激な保護主義への支持へと変質しつつある。トランプ大統領が掲げる「アメリカ・ファースト」は、こうした層の怒りを吸収する形で先鋭化しており、日本企業に対する突然の関税強化や、現地雇用要件の厳格化といった形で突然牙をむく可能性がある。