[英国不動産] 「地主の終焉」が突きつける資産価値の消失と日本への警鐘
![[英国不動産] 「地主の終焉」が突きつける資産価値の消失と日本への警鐘](/images/news/2026-01-28---0ze36t.png)
ロンドンの『封建制度』が崩れ去る日
2026年1月、ロンドンの金融街カナリー・ワーフを見下ろす高層マンションの一室で、英国不動産に投資する日本人オーナーたちは、かつてない不安に直面している。彼らが所有していると信じていた資産は、厳密には「壁と空間」の長期賃借権に過ぎず、その足元にある土地は、数百年にわたり地主(フリーホルダー)と呼ばれる特権階級が支配してきたからだ。
この「リースホールド(借地権付き所有)」制度は、中世ノルマン征服時代に起源を持つ、世界でも類を見ない英国独自の慣習である。土地を所有する貴族や大地主が、建物の所有権のみを期限付きで売却し、地代(Ground Rent)という名目で永続的な不労所得を得る仕組みだ。しかし今、英国議会で審議が大詰めを迎えている「コモンホールドおよびリースホールド改革法案(Commonhold and Leasehold Reform Bill)」は、この封建的な遺構を根底から覆そうとしている。

地代(グラウンド・レント)という名の『見えない税金』
英国の不動産市場において、長年「安定したインカムゲイン」の源泉とされてきた地代(グラウンド・レント)の仕組みが、いま歴史的な転換点を迎えている。住宅・コミュニティ・地方自治省(MHCLG)が主導する今回の改革案は、これまで地主が当然の権利として享受してきた不労所得の構造を根底から揺るがすものだ。日本でいう「借地料」に近い性質を持ちながら、管理サービスへの対価を一切伴わないこの「見えない税金」に対し、英国政府はついに年間250ポンド(約4万7000円)という厳格な上限設定、さらには将来的には実質ゼロ(Peppercorn rent)への引き下げを画策している。
この政策の背景には、住宅を投資対象の「金融商品」から、国民が居住するための「社会インフラ」へと回帰させようとする明確な意思がある。2020年代初頭までのロンドン不動産市場では、地代が10年や20年ごとに倍増するような契約条項が盛り込まれた物件が「収益性の高い資産」として機関投資家や個人投資家の間で取引されてきた。しかし、MHCLGの最新の指針によれば、こうした予測可能な地代上昇は「消費者の権利を不当に侵害する慣行」と位置付けられ、法的な制限の対象となる見通しだ。
機関投資家を襲う評価損の波
市場アナリストたちは、この法案が可決されれば、地代収入に依存してきた年金基金やヘッジファンドが保有する資産価値が劇的に毀損すると警鐘を鳴らす。ある大手金融機関の試算によれば、地代キャップの導入だけで、フリーホルダー側の資産価値は瞬時に数十億ポンド規模で蒸発する可能性があるという。これは単なる消費者保護の枠を超え、土地から得られる伝統的な収益モデルを国家が否定し、住宅の「居住機能」を「投資商品」としての側面より優先させる、歴史的なパラダイムシフトに他ならない。
地代キャップ制導入による想定収益の毀損(MHCLG指針に基づくシミュレーション)
特に、ロンドン中心部の高級フラットをポートフォリオに組み込んでいる日本の投資家にとって、この変化は看過できない。トランプ政権下の米国が規制緩和による市場原理の加速を掲げる一方で、英国は皮肉にも、保守党政権時代から続くこの改革を通じて、不動産市場への国家介入を強めている。日本の投資家にとって、これは「安定した法治国家」と見なされてきた英国のリスクプレミアムが変質した瞬間でもある。もはや、契約書に記された将来の収益約束は絶対ではない。
日本への教訓:区分所有法の未来を鏡に映す
この英国の激震は、日本における「区分所有法」や「借地借家法」の未来を占う鏡でもある。日本でも老朽化マンションの急増が社会問題化しており、所有者の権利が強すぎるために建て替えや解体が遅々として進まない現状がある。英国が国家主導で地主の既得権益を制限し、居住者の権利を強化する背景には、住宅を「金融商品」として放置することが、社会の安定を損なうという危機感がある。
日本の不動産投資家が教訓とすべきは、法改正という「カントリーリスク」は、ある日突然、不可逆的な形で現れるという点だ。日本では「借地権者」の権利が歴史的に強いが、今後は「建物の終末期」をどう管理するかという文脈で、英国とは逆に所有権の制限や、公共の利益を優先した利用ルールの策定が加速するだろう。英国の地主が今直面している「資産の公有化」に近いパラダイムシフトは、形を変えて日本でも起こり得る。

「所有」から「利用」へ:グローバル不動産市場の変曲点
2026年の英国不動産市場が直面している地殻変動は、単なる法制度の調整という枠組みを越え、グローバルな資産運用のあり方に根底から疑問を投げかけている。土地を所有しているだけで得られる不労所得、すなわち「レント」の価値を国家が強制的に抑制し、住居の「投資価値」よりも「利用価値」を優先させるという動きは、20世紀型の「所有による富の蓄積」が終焉を迎え、サービスとしての居住(Living as a Service)が加速する前兆に他ならない。
もし、土地から利益を得るという権利が社会の安定のために制限されるべきだとしたら、私有財産と公共の利益の境界線は、一体どこに引かれるべきなのだろうか。不動産を「持つこと」の対価が国家によって否定され、純粋に「住むこと」の価値だけが残されたとき、私たちはそれを依然として「資産」と呼ぶことができるのか。2026年、ロンドンが突きつける問いは重い。