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[米国治安] ミネアポリス銃撃事件と『国境の拡張』:CBP国内展開の構造的課題

AI News Team
[米国治安] ミネアポリス銃撃事件と『国境の拡張』:CBP国内展開の構造的課題
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凍てつくミネアポリスの銃声

2026年1月29日、ミネソタ州ミネアポリス。五大湖周辺を襲った記録的な寒波は、この都市を「白い密室」へと変えていた。気温は氷点下30度を下回り、吐く息すら凍りつく極限状態の中、本来ならば市民の命綱となるはずの鉄道網は、「Railgate」として知られる物流麻痺により完全に停止していた。暖房用燃料や食料の供給が途絶え、孤立したコミュニティを支えていたのは、行政の公助ではなく、地域住民による草の根の相互扶助(ミューチュアル・エイド)であった。

その静寂が破られたのは、正午過ぎのことである。パウダーホーン地区の路地裏で、住民への灯油配給を行っていたボランティア団体の一員が、突如として銃撃を受け倒れた。発砲したのは、警察官でも州兵でもない。深緑色のユニフォームに身を包んだ、米国税関・国境警備局(CBP)の戦術部隊であった。

「最初はギャングの発砲かと思いました。しかし、倒れた彼のそばに立っていたのは、国境警備隊の記章をつけた重装備の兵士たちだったのです」。現場を目撃した近隣住民のサラ・ミラー氏(仮名)は、震える声で当時の状況を証言する。彼女によれば、被害者は手にした灯油のキャニスターを武器と誤認された可能性が高いというが、現場には警告の声すら響かなかったとされる。

なぜ、カナダ国境から数百キロ離れた内陸の都市ミネアポリスの住宅街に、国境警備隊が展開していたのか。その背景には、トランプ政権下で発令された新たな大統領令が存在する。重要インフラの防衛と治安維持を名目に、連邦政府はCBPの管轄権限を「国境から100マイル以内」という従来の法解釈から、事実上全土の「緊急事態地域」へと拡大解釈させていたのである。

この銃撃事件は、単なる現場の誤判断や不幸な事故として片付けることはできない。物流の混乱と寒波による社会不安を「国家安全保障上の脅威」と定義し、本来は対外的な脅威に対処すべき準軍事組織を、国内の市民統制へと向けた結果である。ミネアポリスの雪上に広がった鮮血は、米国の治安維持の概念が、法の支配に基づく「警察活動」から、敵を制圧するための「軍事行動」へと変質しつつある現実を、残酷なまでに浮き彫りにしている。

インフラ崩壊と治安の真空地帯

氷点下30度を下回る記録的な寒波に見舞われたミネアポリスは、物理的な都市機能の停止だけでなく、行政サービスの完全な麻痺という「二重の凍結」に直面していた。

2026年1月、トランプ政権下で加速した規制緩和の影響も指摘される中、老朽化した電力網が限界を迎え、市内広域でブラックアウト(大停電)が発生した。信号機は消え、暖房を失った市民が避難所に殺到する中、本来なら市民の安全を守るべきミネアポリス市警(MPD)の機能は事実上停止した。人員不足に加え、極寒冷地仕様の車両配備が遅れていた市警は、積雪と路面凍結によりパトロール能力の8割を喪失していたのである。

「警察に電話しても繋がらない、繋がっても『対応できない』と言われるだけでした」。ミネアポリス近郊の自動車関連企業に勤務する駐在員、鈴木健一氏(仮名)は、当時の状況をそう振り返る。「街から警察の姿が消え、代わりに現れたのが、重武装した連邦政府の車両でした」

この「治安の真空地帯」を埋めるために投入されたのが、税関・国境警備局(CBP)の部隊であった。通常、国境警備隊の管轄は国境から100マイル(約160キロ)以内と定められているが、トランプ大統領による非常事態宣言と、国土安全保障省(DHS)の権限拡大解釈により、彼らは「災害救援」と「治安維持」の名目で内陸深部の都市部へ展開したのである。

「国境」の定義を書き換える緊急権限

米国税関・国境警備局(CBP)の管轄権は、通常、国境から100マイル(約160キロメートル)以内と定義されている。しかし、カナダ国境から300マイル以上南に位置するミネアポリスの凍てつく路上で、CBPの記章をつけた武装隊員が活動していたという事実は、この「100マイル・ルール」が危機時においていかに柔軟、かつ恣意的に解釈され得るかを示している。

シカゴ大学ロースクールの憲法学者らが指摘するように、これは単なる緊急避難的措置ではない。2001年の同時多発テロ以降、徐々に拡大してきた「国境」の概念が、自然災害や国内の騒乱といった「非対称な脅威」に対しても適用可能であるという既成事実化が進んでいるのである。ミネアポリスの現場で目撃されたのは、入国審査を行う管理官ではなく、暴動鎮圧装備に身を包んだ戦術部隊(BORTAC)であった。彼らの投入は、移民法執行機関が、事実上の「連邦警察」として国内治安の空白を埋める役割へと変貌しつつあることを示唆している。

この管轄権の拡大解釈に対し、ミネソタ州政府や人権団体からは強い懸念が表明されているが、連邦政府は「非常事態における連邦の優越」を主張し、司法判断も追いついていないのが現状だ。国境警備という特定目的のために与えられた強力な法的権限が、地理的な制約を離れ、為政者の裁量一つで国内のあらゆる場所に「国境」を出現させることができるとすれば、それは法治国家の前提を揺るがす事態と言える。

救援ボランティアへの過剰武力行使

極寒のミネアポリスで発生したボランティア射殺事件は、単なる現場の指揮命令系統の混乱や、視界不良による偶発的な事故として片付けることはできない。この悲劇は、本来「国境」という特異な法空間で運用されるべき力が、市民生活の中心に持ち込まれた際に生じる必然的な摩擦、あるいは構造的な欠陥を浮き彫りにしている。

敵対的認識(Warfighter Mentality)の流入

事件当時、現場付近はブリザードによるホワイトアウト状態にあり、視界は極めて限定的であった。しかし、目撃証言や現場の状況証拠が示すのは、救援物資を抱えて接近する人影に対し、展開していたCBP戦術部隊が、あらかじめ「潜在的な脅威」としての認識を持っていた可能性である。

通常、地域警察の訓練(Community Policing)では、不審な対象であってもまずは「対話(De-escalation)」から入り、市民としての権利を尊重するプロセスが徹底される。対照的に、国境警備、特に麻薬カルテルや不法越境者との対峙を想定した訓練では、対象を制圧すべき「敵性勢力」とみなす「Warfighter Mentality(戦闘員としての精神)」が色濃く反映される。

「市民」と「非市民」の境界崩壊

トランプ政権(第2期)における「国境の拡張」政策は、地理的な国境線だけでなく、法的な権限の境界線をも曖昧にした。2025年にランド研究所が発表した報告書によれば、CBP職員の訓練カリキュラムにおける「人権保護・市民対応」の時間は、一般的な都市警察官のそれに比べて著しく短く、逆に「戦術的制圧・武器使用」の割合が高いことが指摘されている。

米国法執行機関における初期訓練時間の比較 (2025年推計)

上図が示す通り、CBPの訓練体系は「制圧」に重きを置いており、これが都市部での災害対応という繊細な状況下で、致命的な判断ミスを誘発した構造的要因と考えられる。

崩れゆく市民社会と公権力の境界線

ミネアポリスの凍てつく街角で発生したボランティア射殺事件は、単なる現場の指揮系統の混乱という言葉では片付けられない、より深く、暗い米国の病理を浮き彫りにした。ACLU(アメリカ自由人権協会)などの市民団体は長年、憲法上の権利が制限される「国境から100マイル圏内」の権限解釈が、なし崩し的に全米へと拡大適用されていることに警鐘を鳴らしてきた。

2026年の現在、非常事態宣言下における連邦権限の肥大化は、地方自治体の警察権(Police Power)を実質的に無力化しつつある。ミネアポリスの現場で起きたのは、市民社会のルール(対話と法による解決)が、準軍事的なルール(制圧と排除)によって上書きされた瞬間であった。

米国内における連邦法執行官の活動範囲拡大の認識 (2024-2026)

日本においても、大規模災害時の自衛隊や警察の活動は国民の深い信頼に支えられているが、それはあくまで「市民の生命財産を守る」という明確な規範と、シビリアン・コントロール(文民統制)が機能しているという前提があってこそである。ミネアポリスの悲劇は、公権力がその抑制を失い、恐怖によって統治を行おうとした時、最初に犠牲になるのは市民の善意と、社会を結びつける信頼の絆であることを、私たちに静かに、しかし重く警告している。