「利益なき熱狂」の正体:テスラ決算が示唆するトランプ2.0時代の株価形成

61%減益でも揺るがない株価の謎
2026年1月28日に発表されたテスラの2025年第4四半期決算は、伝統的な「モノづくり」の常識に照らせば、まさに異常事態とも言える内容でした。純利益は前年同期比で約61%の大幅減益。これは、EV(電気自動車)価格競争の激化による利益率の圧縮や、AIインフラへの先行投資が重くのしかかった結果です。通常、これほどの減益幅であれば、製造業の株価は失望売りにより急落するのが市場のセオリーです。トヨタやホンダであれば、経営責任が問われかねない数字と言えるでしょう。
しかし、ウォール街の反応は冷ややかさを通り越し、奇妙なほどの底堅さを見せました。決算発表直後の時間外取引こそ一時的な下落を見せたものの、翌日のザラ場では押し目買いの勢力が勝り、株価は不可解なほどの復元力を維持しています。この現象について、東京・丸の内で米国株運用に携わる機関投資家の佐藤健太氏(仮名)は次のように分析します。
「現在のテスラ株を支えているのは、もはやEVの販売台数や自動車部門の粗利率といった実体経済の指標ではありません。市場は、トランプ政権下での規制緩和、特に完全自動運転(FSD)やロボタクシーに対する連邦レベルでの認可プロセス簡素化という『政治的配当』を織り込みに行っています」
つまり、現在の株価は、自動車メーカーとしての適正価値ではなく、次期政権との政治的親和性を担保とした「コール・オプション(将来買う権利)」のような性質を帯びているのです。第2次トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」と過激な規制撤廃路線は、イーロン・マスク氏が率いる事業群にとって、かつてない追い風となるとの期待が、足元の業績悪化というネガティブ材料を凌駕しています。
テスラの純利益成長率と株価変動の乖離 (2025-2026)
この乖離は、投資家の視線が「現在のキャッシュフロー」から「将来の政策変更による独占的地位」へと完全にシフトしたことを示唆しています。特に、マスク氏が政権移行チームや政府効率化の議論に深く関与しているという事実は、競合他社が直面するであろう環境規制や安全基準のハードルを、テスラだけが軽々とクリアできるのではないかという思惑を生んでいます。
しかし、この「利益なき熱狂」には危うさも潜んでいます。政治的期待によって形成されたプレミアムは、政策の遅延や政権内での摩擦といった政治リスクに対して極めて脆弱だからです。実体経済の裏付けを欠いたまま、政治という不確定要素に依存度を高める現在の株価形成は、かつてのITバブルやミーム株ブームとは異質の、よりシステミックなリスクを市場に内包させていると言えるでしょう。

ファンダメンタルズを凌駕する「政治的期待」
決算数値の行間には、もはや伝統的な企業分析の枠組みでは説明がつかない「乖離」が存在しています。2025年第4四半期から2026年初頭にかけてのテスラの財務諸表は、自動車販売事業としての成熟と、それに伴う利益率の停滞を如実に示していました。EV市場における中国勢の台頭や、価格競争によるマージン圧縮は、本来であれば株価調整の正当な理由となるはずです。しかし、市場の反応はその「重力」を無視するかのように振る舞っています。この現象を解く鍵こそが、第2次トランプ政権下における「規制緩和へのコール・オプション」という新たな評価軸です。
ウォール街のアナリストたちの間では、現在のテスラの株価形成において、自動車販売台数の伸び率よりも、イーロン・マスク氏の政治的影響力がもたらす「将来のキャッシュフロー」への期待値が支配的になりつつあるとの見方が強まっています。具体的には、連邦レベルでの自動運転規制の統一化や、環境規制の撤廃・緩和といった政策変更が、テスラの「ロボタクシー」事業展開を劇的に前倒しするというシナリオです。これは、実体経済における「モノづくり(Monozukuri)」の競争力に対する評価から、政治的力学による「ルールメイキング」の優位性に対する評価へと、市場の関心がシフトしていることを意味します。
東京の大手資産運用会社で米国株戦略を担当する山本浩二氏(仮名)は、この変化を次のように分析しています。「以前は納車台数と粗利益率がすべてでした。しかし現在は、マスク氏がホワイトハウスにどれだけ近いか、そしてその近さがNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)の安全基準見直しにどう反映されるかという『政治的ベータ値』を我々は買っているのです」。山本氏の指摘通り、多くの機関投資家は、テスラを単なる製造業ではなく、規制の壁を政治力で突破できる唯一のプラットフォーマーとして再定義しようとしています。
この「政治的期待」は、数値上の実績(ファンダメンタルズ)が悪化した局面でさえ、株価を下支えするフロア(底値)として機能します。例えば、直近の決算で自動車部門の粗利益率が市場予想を下回った際も、同時に報じられた「自動運転に関する連邦規制の包括的見直し」という観測記事が、売り圧力を相殺しました。投資家にとって、足元の利益率低下は、将来的な規制緩和によって得られる独占的利益に比べれば「誤差」として処理されてしまうのです。
テスラ株価と自動車部門粗利益率の乖離 (2024-2026)
このように、利益率(gross_margin)が低下トレンドにあるにもかかわらず、トランプ政権の再選確率が高まった2025年後半から、政策期待(policy_sentiment)と共に株価(stock_price)が上昇するという「デカップリング」が鮮明になっています。これは、市場がテスラを「自動車メーカー」としてではなく、「政策恩恵銘柄」として評価し直した結果と言えるでしょう。
ロボタクシーという名の「聖域」
投資家たちは、もはやテスラの決算資料にある「自動車販売粗利益率」の行を指でなぞることをやめつつあるように見えます。かつて株価形成の核心であったEVの販売台数や利益率は、今や一種の「ノイズ」として処理され、市場の関心はイーロン・マスクCEOが語る「完全自動運転(FSD)」と「ロボタクシー」という、未だ収益化の途上にある領域へ完全にシフトしました。
事実、2025年後半から激化したBYDをはじめとする中国勢との価格競争により、テスラのハードウェア部門の収益性は圧迫され続けています。しかし、トランプ政権の第2期発足に伴い、市場は別の計算式を採用し始めました。それは、マスク氏の政権への接近がもたらす「規制緩和」という配当です。
現政権下で予想される連邦レベルでの自動運転規制の統一は、これまで州ごとに異なっていた複雑な認可プロセスを一気に解消する可能性があります。これは、技術的な完成度とは別に、テスラが競合他社に対して「法的な先行者利益」を確立することを意味します。ゴールドマン・サックスのアナリストが2026年初頭のレポートで指摘したように、「テスラへの投資は、自動車産業への投資から、ワシントンの政策変更に対するコール・オプション(買う権利)へと変質した」と言えるでしょう。
主要自動車メーカーの予想PER比較 (2026年1月時点)
この異常なまでのバリュエーション格差は、ロボタクシー事業が単なる移動サービスではなく、都市のインフラを独占するプラットフォームになるという前提に基づいています。しかし、そこには危うさも潜みます。「聖域」は不可侵であるがゆえに、一度その神話(ここでは規制緩和による早期実現)が崩れれば、市場の失望は計り知れない規模になるでしょう。モノづくり(Monozukuri)の現場で品質と安全を積み上げてきた日本の自動車産業とは対照的に、政治的期待という不確実な土台の上に築かれた「利益なき熱狂」。その持続可能性が、今まさに試されようとしています。
販売現場の冷徹な現実
ウォール街がトランプ政権第2期による規制緩和への期待で沸き立つ一方で、実体経済の最前線である自動車販売の現場には、冷ややかな空気が漂っています。かつて「走るスマートフォン」として熱狂的に迎えられたテスラの神話は、2026年の現在、物理的な製品としての競争力の低下という厳しい現実に直面しています。
特に顕著なのが、ハイブリッド車(HV)への回帰トレンドです。2020年代初頭、EVへの完全移行こそが正義であり、HVは「過渡期の技術」として葬り去られる運命にあると叫ばれました。しかし、充電インフラの整備遅れや電気料金の高騰、そして寒冷地でのバッテリー性能低下といった「生活者にとっての不都合な真実」が露呈するにつれ、市場はプラグマティズム(実利主義)へと大きく舵を切りました。
都内の輸入車ディーラーで営業を担当する山本博史氏(仮名)は、顧客の心理変化を肌で感じています。「3年前なら指名買いでテスラを選んでいた層が、今は『リセールバリューが不安定だ』と言って、トヨタのクラウンやレクサス、あるいは欧州勢のプラグインハイブリッド(PHEV)に流れています。テスラはもはや『唯一の未来』ではなく、『選択肢の一つ』に埋没してしまったのです」。
以下のデータは、過去3年間における主要市場での純粋な電気自動車(BEV)とハイブリッド車(HV/PHEV)の販売成長率の推移を示したものです。2025年を境に、成長の主役が完全に入れ替わっていることが見て取れます。
世界主要市場におけるBEV対HV販売成長率の推移 (2023-2026)
このグラフが示唆するのは、テスラが直面している構造的な逆風です。市場全体のパイが拡大していた時期は「EV市場の王者」として恩恵を享受できましたが、市場の関心がHVに移り、かつBEV市場内での競争が激化する中では、単なる「自動車販売」だけではかつてのような高い株価評価(PER)を正当化することは不可能に近いでしょう。
規制緩和バブルの崩壊リスク
市場が熱狂する「トランプ・トレード」の裏側で、冷徹な計算が静かに進められています。テスラの株価が、自動車製造という「実体」から離れ、次期政権による規制緩和への「期待」だけで形成されている現状は、投資家にとって両刃の剣となり得ます。これはもはや、EVメーカーへの投資ではなく、連邦政府の規制体系そのものが解体されることへの巨大なベット(賭け)と言えるでしょう。
特に懸念されるのは、完全自動運転(FSD)およびロボタクシーに対する規制の壁が、投資家の想定ほど簡単には崩れない可能性です。トランプ政権が連邦レベルでの規制緩和を強力に推し進めたとしても、州レベルでの抵抗や司法による差し止め、そして何より技術的な安全性証明というハードルは厳然として存在します。
東京の大手資産運用会社でシニア・ポートフォリオマネージャーを務める山本健司氏(仮名)は、この「期待先行」の相場に対して慎重な姿勢を崩しません。「現在の株価は、まるで明日から全米の道路でハンドルなしのロボタクシーが走り回ることを前提にしているようです。しかし、カリフォルニア州やニューヨーク州が連邦政府の緩和策に追随する保証はなく、むしろ独自規制を強化する動きさえ見られます。この『政治的プレミアム』が剥落した時のダウンサイドリスクは計り知れません」。

市場は現在、最良のシナリオ――「規制の全面撤廃」と「技術の完全な確立」――を同時に織り込んでいます。しかし、現実の行政手続きや技術進歩は直線的ではありません。この乖離が修正される局面において、投資家は「期待」という名のバブルが弾ける音を聞くことになるかもしれません。
テスラ株価における「自動車事業価値」と「期待価値」の乖離 (2023-2026)
日本企業が直面する「新しいゲームのルール」
かつて、自動車産業の競争力の源泉は明白でした。それは現場における「改善」であり、極限まで磨き上げられたサプライチェーンの効率性、そして消費者が寄せる「安心」という名のブランド資本でした。しかし、2026年に入りトランプ政権下で加速している事態は、この長年信じられてきた「モノづくり」の価値基準を根底から揺るがしています。
トヨタ自動車やホンダが、ハイブリッド車(HEV)の堅調な需要と北米市場での現地生産拡大を背景に、実体経済に基づいた過去最高益水準の業績を維持しているにもかかわらず、株式市場の熱狂はそこにはありません。投資家の視線は、販売台数や営業利益率という従来の財務指標から乖離し、「誰がホワイトハウスの執務室に直接電話をかけられるか」という、極めて政治的な変数へとシフトしています。
日本企業にとって、安全性(Safety)とは、数万回のテスト走行と厳格な社内基準を経て初めて市場に提供される「保証」でした。石橋を叩いて渡る慎重さこそが、日本車の信頼性を担保してきたのです。しかし、イーロン・マスク氏率いるテスラ、そしてそれを後押しするトランプ政権下の米国市場において、安全性とは「ベータ版を市場に投入し、走りながら確立するもの」へと定義が書き換えられつつあります。
このパラダイムシフトは、日本の自動車産業にとってかつてない質の異なる脅威となります。1980年代の日米貿易摩擦は、高品質な日本車がデトロイトを圧倒したことによる「経済的な摩擦」であり、現地生産化(ローカリゼーション)という経済合理的な解が存在しました。対して2026年の危機は、品質やコスト競争力ではなく、「ルールの策定プロセス」そのものが競争の主戦場となっている点にあります。
日本企業に今求められているのは、技術力のさらなる研鑽だけではありません。「政治的資本」を経営戦略の一部として明確に位置づけ、ワシントンにおけるロビイング活動を単なる渉外活動から「競争戦略」の中核へと昇華させることです。あるいは、政治的な風向きに左右されない、圧倒的な技術的不可欠性――例えば全固体電池の実用化や、次世代ハイブリッド技術の標準化――を確立し、相手側から協力を請われる立場を築くかです。「実直さ」が必ずしも報われないこの新しいゲームにおいて、日本企業は自らの「真面目さ」を武器にしつつも、したたかな「ゲームメーカー」としての振る舞いを学ぶ転換点に立っています。