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[米国経済] 「トランプ2.0」好景気の死角:アイオワ州に見る米経済の亀裂

AI News Team
[米国経済] 「トランプ2.0」好景気の死角:アイオワ州に見る米経済の亀裂
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喝采の裏にある「ハートランド」の静寂

2026年1月28日、記録的な寒波に見舞われたアイオワ州ストーリー郡。氷点下の気温にもかかわらず、地元の公会堂は熱気で満たされていた。再選を果たし、2期目の任期に入ったドナルド・トランプ大統領の演説を聞くため、数千人の支持者が詰めかけている。壇上の大統領は、年初に更新されたダウ平均株価の最高値を誇示し、「アメリカの黄金時代が到来した」と力説した。会場は「USA!USA!」のコールに包まれ、その熱狂は、ワシントンやウォール街で続く規制緩和への期待と呼応しているかのように見える。

しかし、足元の市場では不安定な動きが観測され始めているにもかかわらず、その歓声が響く会場から一歩外に出ると、そこには対照的な静寂が広がっている。かつて農業で栄えたメインストリートには、「For Lease(貸店舗)」の看板が目立ち、ショーウィンドウは埃を被ったままだ。

「大統領が言う『好景気』がどこにあるのか、私には見えませんよ」。会場近くのダイナーでコーヒーを啜りながら、ジェームズ・カーター氏(64=仮名)は静かに語った。ストーリー郡で40年以上トウモロコシと大豆を生産してきたベテラン農家である彼は、トランプ氏の熱烈な支持者だった。しかし、今の彼の表情に浮かぶのは、かつてのような熱狂ではなく、深い困惑である。

統計上の「黄金時代」、現場の「大不況」

カーター氏の経営を圧迫しているのは、皮肉にも「トランプ2.0」政権が推し進める経済政策の副作用だ。ウォール街が歓喜する「規制緩和」と「関税引き上げ」のポリシー・ミックスは、アイオワの農村部においては「コスト増」と「輸出減」という二重の苦しみとして具現化している。

積極的な関税政策は、報復措置としての輸出先減少を招き、穀物価格の下落を引き起こしている。一方で、インフレ抑制を掲げたはずの国内経済では、人件費と資材高騰が止まらない。2025年の収穫期、カーター氏の農場では肥料代が前年比で18%上昇し、燃料費も高止まりしたままだ。

「株価が上がっても、トラクターの軽油代は払えません。以前は政府の補助金が命綱でしたが、今の政権は『自立』を掲げてそれを削減しようとしている。梯子を外された気分です」

米国農務省(USDA)の最新データも、この現場の肌感覚を裏付けている。2025年の米農家の実質所得は、過去5年で最低水準に落ち込んだ。特に、アイオワ州のような中西部の穀倉地帯では、大規模農業法人による寡占が進み、家族経営の農家は存続の危機に瀕している。これは、日本の地方都市が直面している課題とも重なる構造的な問題である。

米国農家の生産コストと実質所得の推移 (2022-2025) 出典: USDA

この現象は、現在のアメリカ経済における構造的なデカップリング(切り離し)を示唆している。金融資産を持つ都市部の富裕層がインフレヘッジとしての株高を享受する一方で、現物資産と労働に依存する地方の中間層は、インフレとコスト高の波に直接晒されているのだ。

貿易戦争のブーメランと「見えない税金」

アイオワ州ストーリー郡の広大なトウモロコシ畑に立つと、ニューヨークのウォール街で連日報じられる「トランプ・ブーム」の熱狂は、遠い異国の出来事のように感じられる。第2次トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」の通商政策は、皮肉にもその最も忠実な支持基盤であった中西部の農業地帯に、鋭いブーメランとなって突き刺さっている。

「我々が望んだのは公平な競争だった。しかし、手にしたのは閉ざされた市場と高騰するコストだ」。カーター氏は、タブレット端末に表示されたシカゴ商品取引所の先物価格を見つめながら、重い口を開いた。

特に深刻なのが、対中輸出の激減だ。2026年初頭に発動された新たな追加関税措置に対し、中国側は即座に米国産農産物への報復措置を強化。その間隙を縫うように、ブラジルやアルゼンチンといった南米勢がシェアを拡大し、米国産大豆の国際競争力は構造的な低下を招いている。

米国産大豆の輸出シェア推移と生産コスト (2022-2026)

さらに、インフレという名の「見えない税金」が農家を追い詰める。農業機械の部品や化学肥料の原材料の多くは輸入品に依存しており、上乗せされた関税コストは最終価格に転嫁された。アイオワ州立大学の最新の調査によると、同州の農業生産コストは過去2年間で平均18%上昇したのに対し、穀物価格の上昇はわずか4%にとどまっている。この「ハサミ状価格差(シェーレ)」こそが、地方経済を疲弊させている主因だ。

忠誠心と幻滅の狭間で

カーター氏にとって、トランプ大統領への支持は単なる政治的選択を超えた「アイデンティティ」の一部である。「リベラルなエリートたちは、我々の生き方を否定してきた。トランプだけが、我々の声を聞いてくれたんだ」。彼らにとって、経済的苦境は現政権の失策ではなく、「偉大なアメリカ」を取り戻すための産みの苦しみ、あるいは「ディープステート」による妨害として解釈される傾向にあった。

しかし、その強固な「共感の壁」にも、微細だが看過できない亀裂が走り始めている。それは「信仰」と「生活」の乖離が限界点に達しつつあるためだ。

ストーリー郡の農業協同組合で行われた会合では、これまで見られなかった変化が起きていた。以前であれば満場一致で政権を擁護していた場において、一部の農家、特に経営感覚にシビアな中間層や無党派層から公然と不満の声が上がり始めたのである。「我々は文化戦争を戦いたいのではない。ただ、来年の種籾を買いたいだけだ」。ある若手農家が漏らしたこの言葉は、イデオロギーよりも実利を重視する層の離反を象徴している。

株価と農業所得の乖離 (2022-2026)

分断された超大国の行方

アイオワの凍てつく大地で進行する「静かなる恐慌」は、超大国アメリカが抱える構造的な脆弱性を浮き彫りにしている。経済的実利を伴わないナショナリズムが、社会の結束をどこまで維持できるのか。その限界が試されていると言えるだろう。

日本企業にとっても、この米国の分断は対岸の火事ではない。米国市場の分断は消費動向の極端な二極化を意味し、マーケティング戦略の根本的な見直しを迫るものである。また、社会的不満の矛先が再び「外国製品」へと向く保護主義のリスクも、常に計算に入れておく必要がある。

「この冬を越せるかどうかが勝負だ」。カーター氏がつぶやいた一言は、単に彼の農場の経営状態だけでなく、分断されたアメリカ社会の行く末を案じているようにも響いた。