[米国司法] 96回の命令違反と「パリス作戦」:トランプ政権下で揺らぐ法の支配と日本企業への警鐘
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前代未聞の「96回の違反」が意味するもの
2026年1月、ミネソタ州連邦地方裁判所のパトリック・シュルツ首席判事が開示した法廷記録は、現地の法曹界のみならず、米国で活動する日本企業の法務担当者にも静かなる衝撃を与えた。記録によれば、移民税関捜査局(ICE)はわずか1ヶ月という短期間に、連邦裁判所が発付した命令を「96回」にわたり無視、あるいは事実上無効化したことが明らかになった。
通常、司法命令への違反は一度でもあれば重大な法廷侮辱罪に問われかねない。しかし、これが常態化している事実は、第2次トランプ政権下における行政権の肥大化と、司法機能の麻痺を如実に物語っている。シュルツ判事が「前代未聞(Unprecedented)」と表現したこの事態は、単なる現場の混乱ではなく、構造的な統治システムの変質を示唆している。

強行される「パリス作戦 (Operation PARRIS)」の実態
この異例の事態の背景には、トランプ政権が中西部を中心に展開する大規模な不法移民摘発作戦、コードネーム**「オペレーション・パリス(Operation PARRIS)」**の存在がある。当初、一部の報道やSNSではフランスの「Paris」と混同されたが、実際にはサウスカロライナ州の海兵隊新兵訓練基地(Parris Island)に由来するとされる。その名の通り、軍事作戦さながらの規律と強権的な執行が特徴であり、従来の法解釈を厳格化し、手続き上の瑕疵を理由に即時送還や拘束継続を正当化する新たな執行指針に基づいている。
現地の法曹関係者によると、ICEの現場指揮官たちは「ホワイトハウスからの直接的な指令」や「国家安全保障上の必要性」を根拠に、裁判所による一時的な送還停止命令や身柄保護請求(Habeas Corpus)を組織的に黙殺したとされる。これは、現場レベルでの判断ミスや連携不足といった事務的な過誤(Administrative Glitch)ではなく、司法判断よりも行政命令を優越させるという、明確な意思に基づいた構造的な違反であった可能性が高い。
崩れゆく「法的予見可能性」と日本企業へのリスク
この「司法の無力化」は、移民問題という特定の領域にとどまらず、米国でビジネスを展開する日本企業にとって、法的安定性(Legal Certainty)の根幹に関わる深刻なリスク要因となる。
ミネソタ州に進出している日系製造業の法務コンサルタントを務める佐藤健太氏(仮名)は、現場の懸念を次のように語る。 「これまでは、行政機関とのトラブルが生じても、最終的には連邦裁判所が『法の番人』として機能し、手続きの適正さが担保されるという信頼がありました。契約履行や規制対応においても、司法判断は絶対的な防波堤でした。しかし、裁判所の命令すら現場で無視されるのであれば、我々が依拠すべきビジネスのルールそのものが消失したに等しいと言えます」
ICEによる裁判所命令違反件数の推移 (ミネソタ州管区・2024-2026)
上図が示す通り、2026年に入ってからの違反件数の急増は、明らかに自然発生的なものではない。行政権が司法権のコントロールを脱し、自律的に動き始めた兆候とも読み取れる。トランプ政権が掲げる「結果重視」の統治スタイルの裏側で、法の支配(Rule of Law)が、時の権力者の意思による支配(Rule by Law)へと変質しつつある現実を、データは冷徹に示している。
新たな「カントリーリスク」の再定義
日本企業にとって、米国は長らく「法的予見可能性」が最も高い投資先の一つであった。しかし、ミネソタで露呈した現実は、その前提の見直しを迫っている。
仮に今後、通商政策や資産凍結、あるいはサプライチェーンの強制的な組み換え命令などが大統領令として発動された際、企業が法的救済を求めて提訴し、勝訴したとしても、その判決が行政現場で無視されるリスクが現実味を帯びてきているからだ。ジェトロ(JETRO)元関係者も「『オペレーション・パリス』は、行政権が司法権を圧倒する既成事実(Fait Accompli)を作ろうとする試金石に見える」と指摘する。
日本企業は今、米国事業における「カントリーリスク」を、市場変動や為替リスクといった経済指標だけでなく、「司法機能の不全」という政治的・法的な次元で再評価し、高度なリスク管理体制を構築することが求められている。
