[2026年北米W杯] 「欧州ボイコット」論の深層:トランプ政権下の分断がスポーツの祭典に波及
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オランダから始まった「良心の叫び」
アムステルダムの運河沿いに静かな、しかし確固たる「異議申し立て」の波紋が広がっている。2026年1月、欧州サッカーの強豪国であるオランダで、北米ワールドカップ(W杯)への参加是非を問う議論が、これまでにない倫理的な重みを帯びて再燃した。その発火点となったのは、スポーツ紙の煽情的な見出しではなく、ある著名ジャーナリストによる静謐な問いかけであった。
「我々は、排他主義と分断を国是とするスタジアムで、歓喜の声を上げることができるのか」
オランダの有力紙『デ・フォルクスクラント』のコラムニストであり、企業の倫理責任を追及する番組『Keuringsdienst van Waarde』でも知られるトゥーン・ファン・デ・クーケン氏は、トランプ政権下で開催されるW杯へのボイコットを呼びかける請願活動を開始した。彼の主張は、FIFA(国際サッカー連盟)の腐敗体質批判という従来の枠組みを超え、開催国アメリカが2025年以降に急進的に推し進める「パリ協定からの再離脱」や「移民規制の厳格化」といった政策そのものへの倫理的拒否感に根差している。
当初は急進的な一部の抗議活動と見なされていたこの呼びかけだが、請願サイトの署名数は開設からわずか3週間で15万筆を突破。ハーグの国会議事堂前では連日、市民による静かなスタンディングデモが行われる事態へと発展している。署名者の多くはこれまで政治的デモに参加したことのない中間層であり、サッカーを愛する一般のファン層と重なっている点が特筆される。

現地アムステルダムで長年日系メーカーに勤務するスズキ・ケンイチ氏は、この変化を肌で感じている。「以前のカタール大会の際のボイコット論は労働環境という人権問題でしたが、今回は同盟国であるアメリカ、そしてトランプ大統領が掲げる価値観に対する違和感が根底にあります。職場のランチタイムでも、サッカーの話がいつの間にか民主主義や環境問題の議論にすり替わっているのです」。
オランダ王立サッカー協会(KNVB)は「スポーツと政治は切り離すべき」との公式見解を維持しているものの、スポンサー企業の一部からはブランドイメージへの影響を懸念し、プロモーション活動を控える動きも水面下で出始めている。この「静寂」という武器による対峙は、欧州全土へと波及しつつある。
「1936年の亡霊」と欧州のトラウマ
ベルリンやパリの知的階級の間では、2026年北米W杯を「1936年のベルリン・オリンピック」になぞらえる言説が広がりを見せている。この過激とも言える歴史的参照が共鳴する背景には、単なる反トランプ感情を超えた、欧州社会の深層にある「戦後国際秩序の崩壊」への根源的な恐怖が存在する。
欧州メディアが指摘するのは、権威主義的傾向を強める政権下でのメガイベント開催が、その体制に国際的な正当性を与える「スポーツウォッシング」として機能する危険性だ。第2次トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」は、戦後のリベラルな国際協調主義を否定するという点において、欧州のリベラル層に強い危機感を抱かせている。
特に今年に入ってからの米欧関係の急激な悪化、とりわけトランプ大統領がグリーンランドに対する「資源主権」を一方的に主張し、デンマークおよびEUとの外交的緊張が高まったことは、欧州の人々にとって「主権侵害」の悪夢を想起させる出来事であった。ベルリン在住の社会学者は、「グリーンランドの一件以来、雰囲気は一変しました。『笑い事ではない』という切迫感が共有されており、W杯ボイコットはサッカーの拒絶ではなく、力による現状変更を容認する米国への政治的異議申し立てとなっています」と分析する。
左派政治家の連帯と議会への波及
草の根から始まった運動は、いまや欧州の議会政治を揺るがす外交カードへと変貌した。フランスの左派政党「不服従のフランス(LFI)」を中心としたグループは、トランプ政権の環境規制撤廃や外交的断絶を批判し、大会への公式使節団派遣中止を求める決議案を国民議会に提出した。
この動きはドイツの「左翼党」や北欧各国の環境政党とも連動し、W杯を「民主主義の価値観の代理戦争」の場として位置づけ始めている。欧州議会内では、米国製デジタルプラットフォームを通じたW杯関連広告の規制も検討されており、経済的圧力を伴う実効的な動きへと進化しつつある。
FIFAが抱える「政治的中立」のジレンマ
この状況下で、FIFAが長年掲げてきた「政治的中立」という原則はかつてない試練に直面している。ジャンニ・インファンティーノ会長率いるFIFAにとって、参加国が48カ国に拡大される本大会は、過去最高益を見込む巨大ビジネスである。その収益構造の中核は、巨大な北米市場と米国企業による投資に依存している。
FIFAのW杯関連収益における地域別依存度(推計・2026年予測)
しかし、トランプ政権による厳格な入国管理政策は、W杯が標榜する「包括性」と対立する。ドイツや北欧のサッカー協会は、選手の移動の自由が阻害される場合、協力を見直す可能性を示唆している。FIFAは表向き中立を維持しつつ、水面下では米国政府に対し大会期間中の特例措置を求めるロビー活動を展開していると見られるが、これは一時しのぎに過ぎない。
「MAGA」の防壁と米国世論の温度差
対する米国側の反応は冷ややかだ。トランプ政権の支持基盤である中西部や南部では、欧州からの批判が逆説的に政権への求心力を高める燃料となっている。カンザスシティのスポーツバー経営者は「彼らが来たくないなら来なくていい。我々には自分たちのルールがある」と語る。この「旗の下への結集」効果により、共和党支持層の多くは国際的な配慮を「弱腰」と見なしている。
トランプ政権はこの世論の温度差を利用し、ボイコット運動を「反米的」とレッテル貼りすることで国内の結束を固めている。欧州の批判は「MAGA(Make America Great Again)の防壁」に遮断され、内側での反響音だけが増幅される構造となっている。

日本とアジアが直面する踏み絵
この欧米の亀裂は、日本を含むアジア諸国に極めて難解な「踏み絵」を迫っている。日本代表(サムライブルー)の主力選手の約7割は欧州クラブに所属しており、欧州側が選手派遣に消極的になれば、チーム編成自体が困難になるリスクがある。
一方で、外交面では日米同盟を基軸とする日本政府にとって、米国主催のイベントへの協力は不可欠だ。外務省関係者が「W杯への参加は関税交渉等の潤滑油」と示唆するように、ボイコットへの同調は現実的な選択肢ではない。しかし、G7の一員として欧州の懸念を無視することもできず、日本は「大会には参加するが、政治的メッセージは控える」という「沈黙」を選択せざるを得ない状況にある。
2026年日本代表候補の所属リーグ分布(推計)
分断されたスタジアムの行方
2026年W杯は、純粋な競技の場としての終焉と、あらゆる娯楽が政治的アイデンティティの踏み絵となる時代の幕開けとして記憶されるかもしれない。欧州からの訪米予約数は前回大会比で顕著に落ち込んでおり、消費行動にも分断が影を落としている。
もしスポーツという最後の共通言語までもが「敵」と「味方」を峻別する道具に成り下がったとき、私たちは人類が共有できる価値をどこに見出せばよいのだろうか。今大会は、その重い問いを世界に突きつけている。