[医療倫理] 名門の陥落:英国GOSHの「沈黙の文化」が招いた悲劇と組織の代償
![[医療倫理] 名門の陥落:英国GOSHの「沈黙の文化」が招いた悲劇と組織の代償](/images/news/2026-01-30--gosh-pkti5r.png)
「魔法の場所」の裏側で
ロンドン中心部のブルームズベリーに位置するグレート・オーモンド・ストリート病院(GOSH)は、長年にわたり小児医療における「聖地」として君臨してきた。「ピーターパン」の著作権を寄贈された歴史を持ち、「魔法が起きる場所」と称えられてきたこの場所で、今、その輝かしいブランドの裏側に潜んでいた暗部が白日の下に晒されている。
2025年末から2026年1月にかけて順次公開された独立調査報告書は、ブランドという名の「鎧」がいかにして内部の腐敗を隠蔽し、最も守られるべき子供たちの安全を二の次にしたかを冷徹に描き出している。英国の国民保健サービス(NHS)の象徴でもあった同病院で何が起きていたのか。報告書が指摘するのは、一人の医師による過失といった単純な構図ではない。
そこにあったのは、組織の評価や寄付金の獲得、そして「世界最高峰」というブランドイメージを維持するために、現場スタッフの懸念や警告を組織的に封じ込める「沈黙の文化」の定着である。

ロンドンに駐在し、心臓疾患を持つ長女の治療のためにGOSHを選択した佐藤健太氏(42・仮名)は、当時の複雑な心境をこう振り返る。「日本でもその名は知られていましたし、ここなら最高の安心が手に入ると信じて疑いませんでした。しかし、今振り返れば、医師たちの間にある種の緊張感や、上の顔色を伺うような空気を感じることがありました。それは、高度な医療現場ゆえの緊張だと思って自分を納得させていたのですが」。佐藤氏が感じた違和感は、後に報告書で「心理的安全性の完全な欠如」として裏付けられることとなる。
調査によれば、一部の外科手術における死亡率の異常な上昇や、術後の合併症に関する内部告発が数年にわたり繰り返されていた。しかし、病院経営層はこれらの警告を「ブランドに対する攻撃」と見なし、告発したスタッフに対して配置転換や事実上の解雇を含む厳しい圧力をかけていた。2023年に有罪判決が下されたルーシー・レトビー事件の教訓が生かされるどころか、GOSHのような権威ある組織においては、その権威そのものが情報の透明性を阻害するフィルターとして機能してしまったのだ。
100人の子供たちに残された傷
英国王立外科医師会(RCS)が指摘した事実はあまりにも残酷なものだった。2024年に端を発し、2026年の現在もなお全容解明が続くこのスキャンダルにおいて、最も重く受け止めるべきは、将来ある子供たちの体に刻まれた「不可逆的な傷」の実態である。
2026年1月29日に提示されたRCSの調査報告書、および被害者家族の証言から浮かび上がるのは、本来であれば経過観察や保存療法で済むはずの症例に対し、過度に侵襲的な外科手術が繰り返されていた現実だ。特に問題視されたのは、元GOSH整形外科医ヤサー・ジャバール(Yaser Jabbar)氏による下肢再建手術である。
本来、成長期の子供の骨格矯正は、その自然治癒力と成長力を最大限に活かす「待つ医療」が原則とされる場合が多い。しかし、GOSHの当該診療科では、複雑な器具を用いて骨を切り、人為的に伸ばす手術が、医学的な妥当性を欠いたまま行われていた。具体的には、イリザロフ法などに用いられる創外固定器(リング状の金属フレームをピンで骨に固定する装置)が、不適切な適応症例に対して装着されていた事例が複数確認されている。
GOSH整形外科部門における再審査対象症例(2026年1月報告書に基づく)
ある患児のケースでは、脚長差(左右の脚の長さの違い)の矯正を目的に手術が行われたが、術後の管理不全により重篤な神経損傷を併発した。金属のフレームが筋肉や神経を圧迫し、耐え難い痛みを訴え続けたにもかかわらず、「治療に必要な痛みである」として長期間放置された結果、患児は永続的な麻痺を負うこととなった。さらに深刻な事例として、度重なる失敗手術の末、最終的に脚の切断を余儀なくされた子供も存在する。彼らは、より良く歩けるようになるために病院の門を叩いたのであり、足を失うためにそこへ行ったのではない。
なぜ警告は無視されたのか
多くの医療関係者が抱く疑問は一つに集約される。「なぜ、これほど長期間にわたり、明らかな警告サインが見過ごされたのか」。その答えを探るためには、英国医療制度(NHS)特有の構造と、どの組織にも潜む「沈黙の文化」の深層にメスを入れる必要がある。
現場からの声は、決して届かなかったわけではない。実際には、数年前から複数の同僚医師や看護師、そして患者の家族が、ジャバール医師の手術適応や術後経過に対する懸念を病院幹部に報告していた。しかし、それらの声は組織の厚い壁に跳ね返された。
ロンドンで医療経営を学ぶ日本人研究者の山田健太郎氏(仮名)は、この状況を日本の大学病院における「医局講座制」の弊害と重ね合わせる。「特定の『スター医師』や権威ある部門が過剰な発言力を持つと、リスク管理部門でさえも彼らに忖度し、不都合なデータを『ノイズ』として処理してしまう力学が働きます。GOSHでは、まさにその『神聖不可侵』な領域が形成されていたのです」と山田氏は指摘する。

報告書が浮き彫りにしたのは、部門内における「敵対的な雰囲気」であった。懸念を表明したスタッフが冷遇されたり、専門性を軽視されたりする環境下では、安全への警鐘は「個人の不平不満」として矮小化される。病院経営陣にとって、世界的な名声を持つ外科医のスキャンダルを認めることは、寄付金や国際的な評価という「ブランド資産」を毀損するリスクと同義であった。結果として、「疑わしきは罰せず」ではなく、「疑わしきは(ブランドのために)隠蔽する」という倒錯した論理が優先されたのである。
さらに、2026年の現在、第2期トランプ政権下の米国が進める過激な規制緩和の流れは、この問題をより複雑な文脈で照らし出している。FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認プロセス短縮や、医療機関への監査簡素化が叫ばれる中、GOSHの事例は「効率と名声」を「安全性」よりも優先した先に待つ破滅的な結末を示唆している。
組織を守るための「沈黙」と、その代償
グレート・オーモンド・ストリート病院(GOSH)における悲劇の本質は、個人の倫理的逸脱だけでは説明がつかない。ヤサー・ジャバール医師による不必要な手術や医療過誤が長期間にわたって放置された背景には、組織全体を覆う「権威の鎧」と、それを守るために異論を排除する強固な力学が存在していた。
「GOSHで働いている」という事実は、英国の医療従事者にとって長らく最高の名誉であった。しかし、その誇りはいつしか、組織への批判を「裏切り」と見なす閉鎖的な選民意識へと変質していたことが、一連の調査で明らかになっている。
以下のデータは、最初の公式な懸念表明から、問題医師が実際に臨床現場から排除されるまでのタイムラグを示している。この空白の期間に、さらに多くの子供たちが不必要な手術の対象となった。
GOSHにおける懸念報告から処分までのタイムラグ(月数)
この22ヶ月という期間は、医療安全の観点からは致命的な遅れである。通常のガバナンスが機能している組織であれば、患者への危害が疑われた時点で即座に予防的な措置が取られるべきである。しかし、GOSHでは「確証が得られるまで動かない」という、リスク管理とは真逆の官僚的な対応が優先された。
日本の医療現場への問いかけ
GOSHで起きた悲劇は、ドーバー海峡を隔てた遠い国の出来事として片付けるには、あまりにも日本の医療現場が抱える構造的な課題と酷似している。世界的名声を誇る小児病院でさえ、ブランドを守るという組織の論理が、患者の安全という最優先事項を凌駕した事実は、日本の「白い巨塔」とも称される大学病院や特定機能病院の現場に、重い問いを突きつけている。
都内の大学病院に勤務する外科医、田中宏氏(38・仮名)の証言は、この懸念が決して杞憂ではないことを示唆している。「カンファレンスで上級医の手術適応に疑問を感じても、それを口に出せば『あいつは扱いにくい』というレッテルを貼られ、次の人事や症例配分に響く。結局、誰もが空気を読み、リスクが見過ごされていく」。田中氏が語るこの光景は、GOSHの整形外科部門で起きていたことと不気味なほど重なる。
特に懸念されるのが、少子化が加速する日本において、小児医療の集約化が進んでいる点である。高度な医療を提供できる施設が限られれば限られるほど、その特定病院への依存度は高まり、批判的な検証が働きにくくなる。「他に選択肢がない」という状況は、患者や家族から「NO」と言う力を奪い、病院側には「自分たちは代えの利かない存在である」という過度な自信、あるいは驕りを植え付ける温床となり得る。

権威からの脱却と再生への道
GOSHが真に再生できるかどうかは、新しい文化をどこまで現場に浸透させられるかにかかっている。信頼回復への道のりは、痛みを伴う透明性の確保から始まっている。GOSHは現在、外部の独立機関による定期的な監査義務化に加え、医療事故やヒヤリハット(ニアミス)の報告データを、匿名性を担保しつつリアルタイムで公開する「オープン・データ・イニシアチブ」の導入を進めている。
被害を受けた患児の家族代表である鈴木エミ氏(ロンドン在住・仮名)は、「病院側がどれほど謝罪の言葉を並べても、失われた子供たちの時間は戻らない。私たちが求めているのは、二度と同じ悲劇が起きないという『安心』の確証だけだ」と語る。
2026年の現在、医療におけるAI導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しているが、GOSHの事例は、テクノロジー以前の「人間の組織論」における課題を浮き彫りにした。権威への盲従を排し、職種や年次を超えて自由に意見を戦かわせる「心理的安全性」の確保こそが、最強の医療安全対策となる。それは同時に、権威に寄りかかりがちな世界中のあらゆる組織に対する、静かだが痛烈な問いかけでもある。