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[国際秩序] グリーンランド併合と「新モンロー主義」の台頭:2026年の地政学的転換点

AI News Team
[国際秩序] グリーンランド併合と「新モンロー主義」の台頭:2026年の地政学的転換点
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氷上の境界線変更:ホワイトハウスが引いた新たな「レッドライン」

2026年1月30日、ワシントンD.C.の凍てつく朝に発表された大統領令は、外交儀礼という薄氷を無造作に踏み砕くものでした。トランプ大統領による「グリーンランドにおける米国の戦略的優越権の確立」宣言は、単なる不動産取引の提案として一笑に付された2019年の騒動とは決定的に異なりました。今回は、コペンハーゲンの同意を前提としない、一方的な「安全保障上の必要性」に基づく事実上の併合宣言であり、ホワイトハウスはこれを「21世紀のモンロー主義」と公然と位置づけました。

この宣言が世界に与えた衝撃は、地図上の境界線が書き換わることへの驚き以上に、その論理の変質にあります。ジェームズ・モンロー大統領が1823年に欧州列強の米大陸介入を拒否した当初の教書は、あくまで防衛的なドクトリンでした。しかし、トランプ政権が提示した新解釈は、北極圏の資源と航路に対する米国の排他的支配権を主張する、より能動的かつ攻撃的なものです。ホワイトハウス報道官は定例会見で、「レアアースや戦略鉱物が敵対的勢力の手に渡ることは、米国の存立に対する直接的な脅威である」と述べ、経済的権益を国家安全保障と完全に同一視する姿勢を鮮明にしました。

この論理の転換は、日本にとって対岸の火事ではありません。経済産業省内では、情報の収集と分析に追われる光景が見られました。通商政策に詳しい専門家は、匿名を条件に次のように語り、危機感を露わにします。「もし『安全保障上の懸念』さえあれば主権国家の領土的権利を制限できるという前例が西側諸国のリーダーによって作られてしまえば、それは法の支配の変容を意味します。尖閣諸島や台湾海峡周辺で同様の論理が適用された場合、我々は何を根拠に反論できるのでしょうか」

実際、この動きの背景には、急速に過熱する北極圏の資源開発競争があります。地球温暖化による海氷の減少は、グリーンランドを「氷の不毛地帯」から「未開発の宝庫」へと変貌させました。米国地質調査所(USGS)の推計によれば、北極圏には未発見の原油・天然ガスの相当量が眠っているとされ、さらにハイテク産業に不可欠なレアアースの埋蔵量も確認されています。

北極圏における主要資源の推定埋蔵シェア(2025年推計)

上図が示す通り、北極圏、とりわけグリーンランド周辺は次世代産業の生命線を握るポテンシャルを秘めています。トランプ政権の狙いは、これらの資源が「非アメリカ的価値観を持つ国」によって開発されることを物理的に阻止することにあります。デンマーク政府は即座に抗議声明を発表しましたが、米軍がチューレ空軍基地を拠点に既成事実化を進める中、欧州連合(EU)の反応は複雑です。北大西洋条約機構(NATO)の加盟国同士が領有権に近い対立を起こすという事態は、戦後の安全保障枠組みが新たな局面に突入していることを示唆しています。

凍土の下の覇権:レアアースと北極航路の支配権

トランプ政権がグリーンランド併合に固執した真の理由は、白い氷原の景観ではなく、その下に眠る重要鉱物資源と、温暖化によって開かれつつある「新たなシルクロード」の独占的支配権にあります。ワシントンが掲げる「アメリカ・ファースト」は、もはや国内産業の保護にとどまらず、将来の技術覇権と物流網を物理的に囲い込む段階へと突入したと言えます。

まず、資源安全保障の観点から見れば、この巨大な島の価値は計り知れません。米国地質調査所(USGS)および2025年のエネルギー省報告書によると、グリーンランドには電気自動車(EV)モーターや風力発電タービン、そして最新鋭のミサイル誘導システムに不可欠な希土類(レアアース)が大量に埋蔵されています。特に、南部クバネフェルド(Kvanefjeld)鉱床は、世界最大級の希土類埋蔵量を誇るとされ、その規模は特定の国による支配的な供給網に対抗しうる有力な選択肢と見なされてきました。

かつてバイデン前政権下では、西側同盟国との協調によるサプライチェーンの多角化が模索されましたが、トランプ政権のアプローチは異なります。それは「同盟国からの調達」ではなく、「自国領土内での完結」です。米国防総省に近い関係者が示唆するように、今回の併合が純粋な経済合理性よりも、極端なまでの自律性確保(オートノミー)に基づいていることは明らかです。これにより、日本を含む同盟国であっても、米国産レアアースへのアクセスには新たな政治的コストや関税障壁が課されるリスクが浮上しています。

北極海航路とスエズ運河ルートの航行距離比較 (横浜-ロッテルダム間)

さらに、もう一つの重要な動機が北極海航路の支配権です。上図のデータが示す通り、北極海航路を利用すれば、アジア・欧州間の航行距離は約40%短縮されます。氷解が進む北極海は、従来のパナマ運河やスエズ運河に代わる物流の要衝となりつつありますが、この海域はこれまでロシアの影響力が強いとされてきました。

米国によるグリーンランドの管理強化は、この北極海への「ゲートキーパー」としての地位を米国にもたらすことになります。北大西洋から北極海への入り口を物理的に押さえることは、ロシアへの牽制となるだけでなく、「氷上のシルクロード」構想を掲げて北極圏への進出を図る中国に対する強力な交渉カードとして機能します。海運業界のアナリストは、北極海航路の主要な結節点が米国の影響下に入れば、通航料や環境規制、さらには安全保障上の理由による航行制限が適用される可能性があると指摘しています。公海としての自由な航行よりも、勢力圏としての論理が優先される時代への移行が懸念されます。

危険なドミノ倒し:アジアへの波及と「逆モンロー主義」

トランプ大統領によるグリーンランド併合の強行は、北大西洋における米国の覇権を物理的に確定させるものですが、その政治的余波は北極圏にとどまりません。最も深刻な地政学的リスクは、この「現代のモンロー主義」とも呼ぶべき行動原理が、太平洋を挟んだアジアにおいて、他国による覇権拡大を正当化する「判例」として利用される可能性にあります。

米国が「自国の安全保障のためには、近隣の要衝を管理下に置く権利がある」と主張した瞬間、ワシントンは長年維持してきた「法の支配」に基づく国際秩序の守護者という立場を修正したことになります。これは、南シナ海などで独自の主張を展開する国々に対し、意図せずとも論理的な足場を提供することになりかねません。「米国が西半球を排他的な勢力圏とするならば、アジアにおける秩序形成も地域大国が主導すべきである」という、いわゆる「逆モンロー主義」のナラティブが強化される恐れがあります。

このパラダイムシフトが日本にもたらす衝撃は計り知れません。日本の安全保障は、戦後一貫して「力による現状変更の否定」と「航行の自由」という普遍的価値観に支えられてきました。しかし、同盟国である米国自らが現状変更を国益の追求として正当化すれば、日本が他国の海洋進出を批判する際、その論理的整合性は複雑なものとなります。

外交・安全保障政策に詳しい専門家は、この状況を「道徳的優位性の揺らぎ」と表現し、懸念を示します。「これまで日本は、国際法違反を指摘し、国際社会の連帯を求めてきました。しかし、トランプ政権の今回の行動は、『大国はルールを作る側であり、従う側ではない』というメッセージを発信してしまったも同然です」。グローバルサウス諸国からの「なぜ米国の行動は許され、他国の主張は許されないのか」という問いに対し、日本外交は説得力のある回答を用意する必要があります。

アジア太平洋諸国における米国への信頼度推移 (2024 vs 2026・% ※2026年は予測値)

信頼低下の空白を埋めるように、地域大国による独自の秩序構築の動きが加速する可能性があります。トランプ政権が「アメリカ・ファースト」を掲げて内向きになるほど、アジアにおける米国のプレゼンスの質が変化し、その隙間を「勢力圏の論理」が埋めていくシナリオも否定できません。

同盟のパラドックスと日本の進路

霞が関の外交官たちの間では、今、ある種の緊張感が漂っています。それは、同盟国である米国が突きつけた現実の重さに対する、警戒と模索の表れに他なりません。2026年1月、トランプ政権によるグリーンランド併合の動きは、単なる資源確保や安全保障上の要請という文脈を超え、戦後の国際秩序を支えてきた枠組みそのものへの挑戦となっています。

「力による現状変更」を強く非難してきた日本にとって、最大の同盟国が独自の理屈でそれを実行した事実は重くのしかかります。外務省関係者は「これまで我々は『法の支配』と『自由で開かれたインド太平洋』を掲げてきました。しかし、米国が自らの『裏庭』だからという理由で他国の主権を制約すれば、我々が対外的に発信してきた論理との整合性をどう保つかが問われます」と、日本外交が直面している課題を指摘します。

また、日本は欧州との関係においても難しい舵取りを迫られています。デンマークおよび欧州連合(EU)はこの動きに反発しており、近年NATOとの連携を強化してきた日本としては、価値観の共有をどう維持するかが焦点となります。米国第一主義に基づく行動に対し、明確な懸念を示さなければ欧州からの信頼を損なう一方、トランプ政権を批判すれば日米同盟の基盤に影響が及ぶリスクがあります。

経済安全保障の観点からも、この動きは諸刃の剣です。グリーンランドに眠る膨大なレアアース資源が、特定の競合国の支配下ではなく米国の管理下に入ることは、サプライチェーンの観点からは一定の安心材料に見えるかもしれません。しかし、それは同時に、重要物資の供給が大国の政治的意図に左右されるリスクを内包しています。「取引」を重視する現政権下では、資源へのアクセスが通商交渉のカードとして利用される可能性も排除できません。

結局のところ、トランプ政権が突きつけているのは、日本が長年前提としてきた「米国による保護」と「国際法に基づく秩序」の関係性が変化しているという現実です。米国が「世界の警察官」から「自国益の最大化を図るプレーヤー」へと変貌を遂げた今、日本は同盟の在り方を冷静に見つめ直さざるを得ません。追随か、あるいは自律か。グリーンランドの氷の下に隠されていたのは、資源だけではなく、日本の外交戦略の核心を問う課題でもありました。

勢力圏拡大のリスク認識(主要国専門家調査)