[2026年・米通商政策] 芸術外交という名の生存戦略:サムスン・李在鎔とラトニック商務長官の「スミソニアン会談」
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ワシントンの夜、静寂と喧騒の狭間で
ワシントンD.C.の中心部に位置するスミソニアン国立アジア美術館。2026年1月28日の夜、その厳かな静寂は、現代の地政学が織りなす見えない喧騒によって塗り替えられていました。故・李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン先代会長が生涯をかけて収集した至宝を公開する「李健熙コレクション」展、その閉幕を飾るガラ・ディナーが開催されたこの日、メインテーブルの光景は、単なる文化交流の枠を超えた政治的な意味を帯びていました。
サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)会長の隣席に座ったのは、第2次トランプ政権において保護主義的通商政策の旗振り役を務めるハワード・ラトニック米商務長官でした。
この会合のタイミングは、あまりにも象徴的でした。わずか数日前、世界の金融市場は「ソウル・ショック」と呼ばれる激震に見舞われたばかりです。トランプ大統領によるグリーンランド資源の事実上の併合宣言と、それに続く同盟国への資源ナショナリズム的圧力は、輸出依存度の高い韓国経済を直撃し、ウォン相場と株価の急落を招きました。市場に「安心(Anshin)」が見出せない中、李会長が選択したのは、ワシントンの心臓部で「文化」というソフト・パワーを最大限に活用した防衛戦でした。

ラトニック商務長官の登場:計算された「偶然」
ラトニック長官の出席は、ホワイトハウスがサムスン、ひいては韓国の半導体産業を依然として戦略的交渉カードとして重視していることの証左です。しかし、そこにはより深い政治的力学が働いています。
ウォール街の金融会社キャンター・フィッツジェラルドのCEO出身であり、トランプ大統領の信頼厚い「ディールメーカー」であるラトニック氏が、実利のない場所に時間を割くとは考えにくいからです。この夜の会合は、表面上は韓国美術の粋を愛でる場でしたが、水面下では、激化する「チップ・ウォー(半導体戦争)」と保護主義の嵐の中で、サムスンがいかにして米国経済の不可欠なパートナーであり続けるかを再確認する、高度なパフォーマンスの場であったと見るべきでしょう。
美術館という非政治的な空間(バッファー・ゾーン)において、李会長は韓国の美的遺産を誇示することで、米国社会に対する深い文化的貢献を印象付けました。これは、強硬な関税障壁を築きつつある米国に対し、経済合理性だけでは突破できない壁を、文化資本という「鍵」で開けようとする高度な迂回外交に他なりません。
「ソウル・ショック」下の生存本能
現在、世界市場を揺るがしている「ソウル・ショック」は、単なる金融危機ではなく、トランプ2.0時代における同盟国の脆弱性を露呈させました。米国が「アメリカ・ファースト」の資源独占戦略を進める中、韓国や日本のような資源を持たない工業国は、常に供給網の寸断リスクに晒されています。
サムスンにとって、テキサス州テイラーへの巨額投資や半導体補助金(CHIPS法)の行方は死活問題です。ラトニック長官との個人的な信頼関係(ラポール)の構築は、公式の通商交渉が膠着した際の「保険」として機能します。直接的な利益誘導(ロビー活動)が反発を招きやすい危機的状況下において、芸術を介した「非言語的な共感」は、政治的な防御壁を浸透する数少ない手段となり得るのです。

日本への示唆:霞が関が見落としているもの
日本の産業界にとっても、この光景は対岸の火事ではありません。日本製鉄によるUSスチール買収案件の政治問題化や、自動車関税への懸念が燻る中、日本企業もまた「国益」と「ビジネス」の狭間で難しい舵取りを迫られています。
日本の対米アプローチは伝統的に、外務省や経済産業省といった官僚機構を通じた公式ルート、あるいは経団連による事務的な陳情に重きを置く傾向があります。しかし、トランプ政権2期目のようなトップダウンかつ予測不可能な意思決定構造の下では、こうした正規のルートが機能不全に陥るリスクが高いのが現実です。
サムスンが見せたような、オーナー経営者自身が文化資本を梃子(てこ)にして米政権中枢のキーマンを「ソフトな場」に引き出す手法は、これからの対米リスク管理において一つの有効な解となる可能性があります。「製品の品質」だけでなく、「企業の物語」をいかに米国の国益とリンクさせるか。スミソニアンの夜会は、そのための洗練された、そして高価な舞台装置だったのです。
結語:美しき陶磁器の向こうに見える冷徹な国益
美しい陶磁器の向こうに見えるのは、もはや牧歌的な文化交流の風景ではありません。そこにあるのは、自国の産業を守るためには美術館の展示ケースさえも交渉のテーブルに変える、冷徹なまでの国益への執念です。
2026年の日米関係において、日本に求められるのは「安心(Anshin)」という情緒的な価値を、相手国の政策決定者の心に深く植え付けるための、より戦略的で泥臭い外交術なのかもしれません。サムスンの「迂回外交」は、直情的な対立を避けつつ実利を確保しようとする、極めて現実的かつ戦略的な生存本能の表れと言えるでしょう。