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[韓国国会法改正] 「拒否権政治」の終焉と加速する立法──多数決の刃が招くリスク

AI News Team
[韓国国会法改正] 「拒否権政治」の終焉と加速する立法──多数決の刃が招くリスク
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議長席の空白という「武器」の無効化

2026年1月29日午後、ソウル・汝矣島(ヨイド)の国会議事堂で可決された国会法改正案は、韓国政治における「物理的な拒否権」の歴史に終止符を打つ象徴的な転換点となった。これまで少数与党や野党が議事進行を阻止するために用いてきた最後の砦、すなわち「副議長による議事進行の拒否」というカードが、事実上無効化されたからである。

改正案の核心は、議長が職務を遂行できない状況において、特定の政治的意図を持って副議長が議事進行を拒否した場合、議長が自ら指名する他の議員にその権限を委任できるという点にある。これは、議事運営の停滞を「技術的」に解消する劇薬といえる。

これまで韓国国会では、先鋭化する与野党対立の中で、議長席の空白が強力な政争の具として利用されてきた。議事進行を司る副議長が本会議場への登壇を拒むことで、法案上程そのものを物理的にストップさせる手法は、対話が断絶した際の「非常ブレーキ」としての側面を持っていた。しかし、2026年初頭のトランプ政権(第2期)による関税圧力や保護主義的政策が強まる中、韓国経済は一刻を争う立法対応を迫られている。こうした外部環境の変化が、効率性を重視する形で「ベトクラシー(拒否権政治)」からの脱却を後押しした格好だ。

ソウルを拠点に活動する日系シンクタンクの地政学リスクアナリスト、鈴木健一氏はこの状況を冷徹に分析する。「日本の対韓進出企業にとって、韓国の立法府がマヒすることは最大の不確実性でした。今回の改正で意思決定のスピードは劇的に向上するでしょう。しかし、それは同時に、少数派の意見が全く反映されないまま、企業の経営環境を左右する法案が一夜にして成立してしまうリスクを孕んでいることも意味します」。効率性の追求が、予測可能性という民主主義のもう一つの美徳を浸食する懸念を指摘している。

実際に、過去数年間の韓国国会における法案処理効率と、対話による合意形成の推移を比較すると、意思決定の「硬直化」は顕著であった。以下のデータは、政治的な対立がいかに立法プロセスを歪めてきたかを示している。

韓国国会における主要法案の平均処理日数と政党間合意率(ソース:韓国国会事務処統計引用)

改正案の可決により、今後の韓国政治は「対話と妥協」というプロセスを飛び越え、多数決による「決断」が常態化する公算が高い。これは、2026年のグローバル経済が求める迅速な政策決定には合致するが、国内的な分断を深める両刃の剣である。

少数与党の「拒否権」と立法府の麻痺

2026年の汝矣島は、かつてのような物理的な衝突こそ影を潜めたものの、より静かで、しかし深刻な「機能不全」という病に冒されてきた。いわゆる「ねじれ国会(与小野大)」の常態化が生み出したのは、議論の応酬ではなく、沈黙による抵抗である。これまで少数与党は、圧倒的な議席数を持つ野党の立法攻勢に対し、唯一残された武器である「議事日程の協議拒否」を盾に、事実上の拒否権を行使し続けてきた。

この「決められない政治」のメカニズムは、韓国国会特有の慣行である「与野党幹事間の合意」に依存している。法案審査を行う常任委員会を開くには、原則として与野党の合意が必要とされてきた。しかし、政権発足以来続く対立構造の中で、少数与党はこの合意プロセス自体をボイコットすることで、野党主導の法案審議を物理的に遅延させる「遅延戦術(フィリバスター)」の一種として利用してきた。その結果、民生法案を含む数百件の法案が常任委員会の入り口で立ち往生し、立法府は「植物国会」と揶揄されるほどの停滞(グリッドロック)に陥っていたのである。

ソウルに駐在し、日系企業の政策渉外を担当する山田健一氏は、この数年間の焦燥感を次のように語る。「2025年に予定されていたデジタルプラットフォーム規制の緩和措置も、国会の空転で一年以上棚上げされました。本社からは『韓国市場の予見可能性は著しく低い』と判断され、投資計画の再考を迫られています」。山田氏の言葉は、立法府の麻痺が単なる政治闘争を超え、実体経済における「コリア・ディスカウント」の要因となっている現実を浮き彫りにしている。

1月29日に可決された国会法改正案は、まさにこの「合意なき遅延」を無力化するための外科手術的措置と言える。改正法の核心は、委員会の開会要件と議事決定プロセスの厳格化にある。具体的には、正当な理由なく議事日程の協議に応じない場合、委員長が職権で会議を招集し、出席議員の過半数で案件を処理できる規定が強化された。

韓国国会における法案処理率の推移 (2023-2025)

これにより、少数与党が用いてきた「欠席による拒否権」は構造的に封じ込められることになる。野党側はこれを「働く国会への正常化」と正当化するが、その実態は、合意形成というプロセスを省略し、数の論理だけで立法を完遂できる「高速道路」が開通したことを意味する。これまでギリギリのところで保たれてきた「対話の強制力」としてのボイコット戦術が失われた今、韓国政治はブレーキのない多数決の車輪だけで走ることを余儀なくされる。

コンセンサスから多数決へ:2026年体制の転換

フランシス・フクヤマ氏がかつて現代民主主義の病理として指摘した「ベトクラシー(拒否権政治)」、すなわち少数の反対が全体の意思決定を麻痺させる構造を、韓国は「効率」という名の下に解体することを選択した。これは、トランプ2.0政権下の米国が推し進める「迅速な意思決定と脱規制」という2026年のグローバル・トレンドとも奇妙に同期している。

前出の鈴木健一氏は、この変化を次のように分析する。「これまでの韓国政治は、重要法案が数ヶ月、時には数年にわたって放置されることが常態化していました。しかし、今回の法改正により、立法スピードは劇的に向上するでしょう。一方で、企業にとっては予測可能性が低下するリスクもあります。多数党の意向一つで、市場のルールが一夜にして変わる可能性があるからです」。鈴木氏の指摘通り、日本企業にとって韓国は「対話の相手」から「決定を注視すべき対象」へと変わりつつある。

韓国国会における法案平均処理日数の推移(2026年予測値を含む / 出典:アジア政経研究所)

データの推移が示す通り、2026年を境に意思決定の速度は4倍以上に加速すると予測されている。この「劇薬」は、少子高齢化やデジタル・トランスフォーメーション(DX)といった待ったなしの課題に対する突破口となることが期待される一方で、民主主義の安全装置を外したことへの懸念も根強い。少数派の意見が「手続き的な正当性」によって排除される構造は、国民的な合意形成を軽視し、社会の分断をさらに深める恐れがある。

「立法独裁」の懸念と不可逆的な亀裂

国会法改正案の可決により、韓国政治は「効率性」という名の新たな局面に入った。しかし、その代償として支払われたのは、議会制民主主義の根幹である「熟議」のプロセスである。これまで韓国国会において、少数派(現在は大統領を擁する与党)が独自の拒否権を行使する手段として機能してきた委員会審議のボイコットや、法制司法委員会(法司委)での長期係留といった慣行は、今回の改正によって事実上封じ込められた。多数党である野党はこれを「働く国会の実現」と正当化するが、与党側からは「立法独裁」との批判が噴出している。

ソウルの政治外交アナリストである崔民哲(チェ・ミンチョル)氏は、この「特効薬」の副作用について強い懸念を示す。「効率化を追求するあまり、我々はブレーキのない車に乗り込んでしまいました。少数意見を反映させるための『時間』というコストを切り捨てたことで、今後、国会は対話の場ではなく、単なる多数決の確認機関へと形骸化する恐れがあります」

この構造変化は、与野党間の信頼関係に修復不可能な亀裂を入れることになろう。これまでの国会運営には、激しい対立の中にも、水面下での交渉や「貸し借り」を通じた最低限の共存のルールが存在していた。しかし、今回の改正によって多数派が合法的に少数派の抵抗を無力化できるようになった以上、妥協を図るインセンティブは著しく低下する。

日本への波及:加速する韓国政治のリスクと機会

韓国国会における「意思決定の高速化」は、永田町と霞が関にとって、長年待ち望んだ「効率性」であると同時に、制御不能な「不確実性」の幕開けを意味する。トランプ政権(第2期)が掲げる「アメリカ・ファースト」の圧力下において、この変化は即時的な影響をもたらす。

米国が同盟国に対して防衛費の負担増や、対中デカップリングへの明確なコミットメントを要求する中、韓国国会が迅速に予算措置や関連法案を通過させる能力を持つことは、日米韓の安全保障協力においてプラスに作用する可能性がある。たとえば、次世代通信規格「6G」の標準化や、防衛産業におけるサプライチェーン統合など、立法的な裏付けが必要な協力案件において、従来の「数ヶ月から数年の遅延」が解消される期待がある。

一方で、その「スピード」は、対日強硬策へと転じるリスクと表裏一体だ。ソウルに拠点を置く専門商社で半導体関連部材を扱う佐藤健太氏は、現場の不安をこう吐露する。「これまでは、極端な規制案が出ても『どうせ国会で止まる』というある種の安心感(Anshin)がありました。しかし今後は、特定の外国企業を標的とした規制や、労働慣行に関する厳格な法案が、野党の合意なしに、あるいは世論の熱狂に乗って一夜にして成立する可能性があります。ビジネスの予見可能性という点では、リスクは格段に跳ね上がりました」

韓国政治に詳しい慶應義塾大学の研究員は、「ベトクラシーの終焉は、韓国政治が『ブレーキのない車』になったことを意味しないが、アクセルの感度が極端に良くなったことは間違いない」と指摘する。日本政府および企業は、韓国の行政府(大統領府)だけでなく、強力な権限と速度を手に入れた立法府の動向を、これまで以上の解像度で、リアルタイムに監視する必要に迫られている。多数決の刃は、積年の課題を断ち切る名刀にもなれば、外交関係を傷つける凶器にもなり得るのである。