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【韓国人権委】機能不全の深淵:「ピョン・ヒス財団」設立を阻む政治的膠着

AI News Team
【韓国人権委】機能不全の深淵:「ピョン・ヒス財団」設立を阻む政治的膠着
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1年半の沈黙と2026年1月の拒絶

2026年1月29日午前、ソウル中区に位置する国家人権委員会(NHRCK)の常任委員会室。張り詰めた空気の中で下された決定は、1年半にわたり積み上げられてきた市民社会の期待を、再び無機質な行政手続きの壁へと押し戻すものであった。故ピョン・ヒス二等軍曹の復職訴訟を支援し、トランスジェンダーの権利擁護を目指す「ピョン・ヒス財団」の法人設立許可案件は、この日もまた実質的な審議に入ることなく「保留」という名の事実上の拒絶に直面した。

この日、アン・チャンホ委員長が主導する形で行われた議事進行は、極めて巧妙な官僚的レトリックに彩られていた。財団の設立許可という個別の案件に対し、アン委員長は「人権委員会所管の既存法人30団体あまりの運営実態を一斉点検する必要がある」という論理を展開したのである。これは、特定の許認可案件を全体的な監査や制度の見直しというマクロな課題とセットにする、いわゆる「抱き合わせ審議」の手法だ。これにより、ピョン・ヒス財団の審査は、他の全ての法人の監査が完了するまで無期限に凍結される構造が作り出された。個別の権利救済を行政の一般論の中に埋没させるこの手法は、手続きの公正さを装いながら、実質的に設立を阻む政治的な防波堤として機能している。

時計の針を戻せば、この行政の空白は2024年5月14日にまで遡る。当時、財団設立準備委員会は、規定された基本財産の確保や定款の作成、事務所の設置といった法的な要件をすべて満たした状態で設立許可を申請した。通常、韓国の非営利法人設立許可に関する行政処理期間は20日程度とされる。しかし、人権委員会事務局は申請から数ヶ月が経過しても「検討中」との回答を繰り返すのみであった。2025年に入っても事態は好転せず、内部関係者の証言によれば、担当部署は上層部の意向を忖度し、書類の微細な修正を繰り返し要求する「枯らし作戦」とも呼べる対応に終始していたという。

ソウル市内でNGO支援に携わる日本人コンサルタント、田中健一氏(仮名)はこの異常な遅延を冷徹に分析する。「日本の公益法人認定プロセスにおいても厳格な審査はありますが、要件を満たしているにもかかわらず、1年8ヶ月もの間、可否の判断すら下されないというのは行政の不作為を超えた異常事態です。これは単なる事務処理の遅滞ではなく、組織のトップが明確な意志を持って案件を塩漬けにしていると見るべきでしょう」。

2026年1月のこの決定は、単なるスケジュールの再調整ではない。アン・チャンホ体制下の国家人権委員会が、マイノリティの権利擁護という本来の使命よりも、保守的なイデオロギーに基づいた組織防衛を優先していることを対外的に宣言したに等しい。司法判断によってすでに回復されたはずの故人の名誉は、行政の裁量によって再び毀損され続けている。

「抱き合わせ」という異例の政治戦術

国家人権委員会の会議室でアン・チャンホ委員長が切り出した提案は、出席していた常任委員たちの耳を疑わせるものであった。故ピョン・ヒス下士の遺志を継ぐ財団の設立許可審議において、アン委員長は同財団の審査を単独で行うのではなく、性質の異なる他の団体と「一括(抱き合わせ)」で上程し、処理することを強く主張したのである。

行政手続きにおいて、個別の法人設立申請はその定款、事業目的、財政的基盤が法令に適合しているか否かという、厳格かつ個別具体的な基準に基づいて審査されるのが通例だ。しかし、アン委員長が持ち出した論理は「公平性」という名の政治的取引であった。関係者への取材によると、アン委員長側が「抱き合わせ」の対象として念頭に置いていたのは、性的少数者の権利擁護に慎重あるいは反対の立場をとると見られる保守系団体や、いわゆる「伝統的家族価値」を標榜する団体であったと推測される。これは、人権擁護機関としての設立趣旨に基づき審査を行うのではなく、イデオロギー的に対立する陣営双方に「飴」を与えることで、表面的なバランスを取り繕おうとする政治的戦術に他ならない。

この「抱き合わせ審議」という異例の手法は、実質的な「拒否権」として機能している。リベラル派の委員が人権委員会の理念にそぐわない排他的な団体の設立に難色を示せば、それを口実にピョン・ヒス財団の設立も同時に却下、あるいは保留できるという構造を作り出しているからだ。

ソウル市内の大学で行政法を教える佐藤健太教授(仮名)は、「行政庁が裁量権の範囲を超え、無関係な第三者の事案と結びつけて許認可を判断することは、行政法上の『不当結びつきの禁止』の原則に抵触する恐れがある」と指摘する。佐藤氏の分析によれば、これは法治主義に基づく行政手続きというよりも、国会における法案取引のような高度な政治的駆け引きの様相を呈しており、独立性が担保されるべき人権委員会が政治闘争の場へと変質してしまったことを如実に示している。

「反対のための反対」と組織の空洞化

ソウル市中区、国家人権委員会の会議室にかつて満ちていた「普遍的人権」への熱気は、いまや冷徹な政治的計算と手続き論の応酬へと変貌している。事務局による事前審査では、財団設立に必要な基本財産の確保や定款の適法性など、客観的な法的要件はすべて「充足」と判定されていた。通常であれば形式的な承認で済むはずの案件が、常任委員会という高いハードルによって阻まれたのである。

その膠着状態を作り出した中心人物の一人が、キム・ヨンウォン常任委員だ。彼が放った拒否の論理は、法治国家の行政手続きにおける整合性を根底から覆すものであった。「私は以前、ピョン元下士の復職勧告に反対した。したがって、一貫性を保つため、この財団の設立にも同意できない」。この発言は、法人設立許可という行政処分が、法令に基づく要件審査ではなく、委員個人の過去の政治的スタンスや感情によって恣意的に左右されることを公言したに等しい。これは議論なき「反対のための反対」であり、自己参照的な循環論法によって実質的な審議を無効化する手法である。

長年にわたり人権委の決定プロセスを分析してきた朴ソジュン氏(仮名)は、この事態の深刻さを次のように指摘する。「かつての人権委でも意見の対立はありましたが、それは法理や人権規範に基づく激しい議論でした。しかし現在は、議論そのものが成立しない『対話の拒否』が常態化しています」。

さらに問題の本質を深めているのは、この強硬な拒否権発動が単独の行動ではなく、アン・チャンホ委員長らによる高度な政治的戦術の一環として機能している点にある。複数の委員会関係者の証言によれば、保守系委員らは、自身が重視する北朝鮮人権問題に関する特定の声明や、政府寄りの人事案件を通すための交渉カードとして、リベラル派委員や市民社会が重視する案件を意図的に保留にしているという。人権という不可侵の価値が、政治的取引のチップとして「人質」に取られている構図だ。

制度的膠着の代償と未来

国家人権委員会における「ピョン・ヒス財団」設立勧告の遅延は、単なる行政手続きの停滞という枠を超え、韓国社会における「人権の砦」が政治的イデオロギーの代理戦争の場へと変質したことを決定づける事象となっている。

この制度的膠着がもたらす最大の代償は、救済を待つ当事者たちの「時間の喪失」である。ソウル市内でLGBTQ+権利擁護活動に携わるイ・ジュンホ氏(仮名)は、現場の疲弊感を次のように吐露する。「財団の設立は、単なる記念事業ではありません。不当に軍を追われた個人の名誉回復であり、同様の境遇にある人々への『国家はあなたを排除しない』というメッセージになるはずでした。しかし、委員会内部の政治ゲームによって、そのメッセージは空虚なものとなり、当事者たちの絶望は深まるばかりです」。

2026年の韓国社会は、トランプ政権下の米国が自国優先主義を強め、国際的な人権連帯よりも国益重視の姿勢を鮮明にする潮流の中にある。その影響下で、韓国国内でも「普遍的価値」よりも「陣営論理」が優先される傾向が強まっている。人権委の現状は、制度的枠組みがいかに強固に見えても、運用する主体の規範意識が崩れれば容易にその機能が停止するという冷厳な事実を突きつけている。

もし、このままピョン・ヒス財団の設立が政治的膠着の中で漂流し続ければ、それは韓国の人権行政における「失われた10年」の始まりを告げることになるだろう。独立機関としての自浄作用が働かず、外部からの政治的圧力に脆弱なままであれば、人権委は存在意義を失い、単なる「官僚的な苦情処理窓口」へと没落する。それは、成熟した民主主義国家としての韓国の評価を損なうだけでなく、隣国である日本に対しても、独立行政委員会の政治的中立性を維持することの難しさについて、重い問いを投げかけているのである。