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[経済分析]「雇用なき0.5%成長」の正体:AI半導体ブームの陰で進行する製造業の空洞化

AI News Team
[経済分析]「雇用なき0.5%成長」の正体:AI半導体ブームの陰で進行する製造業の空洞化
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統計の幻影:パンデミック以来の最低水準が意味するもの

2026年1月、内閣府が公表した2025年第4四半期の実質GDP成長率は、年率換算で0.5%という数値を記録した。これは市場予想の1.2%を大幅に下回り、パンデミックの混乱が続いていた2021年以来、最も低い水準である。しかし、この数字が真に警戒すべき対象である理由は、その低さそのものではない。「0.5%」という辛うじてプラスを維持した数値が、日本経済の深刻な病巣を隠蔽する「統計の化粧」として機能している点にある。

表面上の数字を支えたのは、唯一の牽引役であるAI・半導体関連の設備投資だ。生成AIの社会実装が「トランプ2.0」政権下の規制緩和によって世界的に加速し、国内でもデータセンター建設や次世代通信網(6G)への投資が急増したことが、GDPを押し上げた。もし、この特定分野における「特需」を除外して計算し直せば、日本の実質成長率はマイナス圏に沈んでいたことは、経済産業省の内部資料からも明らかである。

この「統計の幻影」の裏側で進行しているのは、かつて日本経済の背骨であった伝統的製造業の壊死だ。愛知県豊田市近郊で自動車部品の二次下請け工場を営む山本健司氏(仮名・58)の声は、統計データには表れない現場の悲鳴を代弁している。

「トランプ大統領が就任早々に発動した関税措置の影響で、北米向けの受注が昨秋から3割減りました。円安で材料費は高騰していますが、親会社からは『AIによる自動化でコストを吸収しろ』と言われるだけです」

山本氏の工場のような中小製造業にとって、AI導入は福音ではなく、生存をかけた不可能な要求としてのしかかる。資金力のある大企業がAIによる省人化投資を進める一方で、そのサプライチェーンを支えてきた中小企業は、投資余力を持たないまま、コスト競争と保護主義の波に洗われている。これは、かつての「円高不況」や「リーマンショック」とは質が異なる。需要そのものが蒸発しているのではなく、AIと資本を持たざる者が市場から退場を迫られる「構造的な選別」が始まっているのだ。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの最新レポートも、この歪な構造を指摘する。設備投資の内訳を見ると、情報通信機械への投資が前年比15%増と突出しているのに対し、汎用機械や生産用機械への投資は軒並みマイナスを記録している。これは、日本国内で「モノを作る能力」が減退し、代わりに「データを処理する能力」への偏った投資が行われていることを示唆する。

この乖離は、以下のグラフが示す通り、2025年に入ってから決定的なものとなった。

設備投資の乖離:AI/情報通信 vs 伝統的製造業 (2025年)

「0.5%成長」という数字に安堵することは、集中治療室のモニターが示す微弱な脈拍を見て「健康だ」と錯覚するに等しい。トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策が日本の輸出産業を締め上げ、国内ではAI投資の恩恵が一部のセクターに集中する中、雇用を吸収してきた製造業の地盤沈下は止まらない。

半導体の独走:AIという名の「麻薬」と産業の断層

2026年1月の経済統計が示す「緩やかな回復」という文言は、実体経済の現場において空虚な響きを持って迎えられている。マクロ経済指標におけるプラス成長は、その内実を精査すればするほど、極めて偏った「一本足打法」によって支えられていることが浮き彫りになる。その一本足とは、言うまでもなくAI需要に沸く半導体セクターだ。しかし、この特需は日本経済全体を潤す恵みの雨ではなく、特定の血管だけに過剰な血液を送り込み、他の臓器を壊死させる「劇薬」としての側面を強めている。

経済産業省が発表した鉱工業生産指数の速報値は、この歪な構造を残酷なまでに可視化した。半導体製造装置および電子部品デバイス工業が前年同月比で驚異的な伸びを記録する一方、日本の「モノづくり」の屋台骨であった輸送機械や汎用機械は軒並みマイナス圏に沈んでいる。これは景気の循環的な波ではなく、産業構造の断層的なズレを示唆している。AIデータセンター向けのGPUやHBM(広帯域メモリ)への投資は、トランプ政権下の米国が主導する「対中デカップリング」と「AI軍拡競争」によって異常な加熱を見せているが、その恩恵が裾野の広い一般製造業に波及するルートは目詰まりを起こしている。

2026年1月 産業別生産指数乖離(2023年=100)出典:経済産業省統計より推計

この数字の乖離が現場にどのような痛みをもたらしているのか。東大阪市で30年にわたり自動車向け金属加工工場を経営する山本浩二氏(仮名)の声は、統計の影に隠れた現実を物語る。

「ニュースでは株価最高値やAIブームと騒いでいますが、我々の業界には寒風しか吹いていません。トランプ関税の影響で北米向けの自動車部品発注が止まり、国内の大手メーカーもラインを止めている。半導体工場が建つと言っても、我々の旋盤で削れる部品ではないのです」

山本氏の工場では、昨年末から稼働率が6割を割り込み、今月ついに一部従業員の一時帰休に踏み切った。

ここで見逃してはならないのは、AI・半導体産業の「雇用吸収力」の低さだ。生成AIの学習や推論を支えるデータセンター建設、および最先端ファウンドリの運営は、極めて資本集約的なビジネスである。数兆円規模の設備投資が行われても、それが生み出す直接雇用は、かつての自動車産業や家電産業が創出した規模には遠く及ばない。むしろ、AIによる自動化効率の追求は、ホワイトカラー業務だけでなく、工場の生産管理や物流といったブルーカラー領域の省人化をも加速させている。

無人の工場:投資は増えても人は要らない

この「投資と雇用のデカップリング(分断)」を象徴するのが、北関東の工業団地にある自動車部品メーカー、A社の新工場だ。かつては数百人の作業員が行き交っていたフロアは、今や数十台の産業用ロボットアームが黙々と溶接作業をこなす「無人の荒野」へと変貌している。

「トランプ大統領が課した関税障壁を乗り越えるには、コスト削減が絶対条件でした」。工場長の鈴木一郎氏(仮名)は、モニターに映し出される生産効率のグラフを見つめながらそう語る。鈴木氏の工場では、昨年度だけで約50億円の設備投資を行った。最新のAI画像認識システムを導入し、検品工程を完全に自動化したのだ。その結果、生産能力は20%向上したが、現場の雇用は逆に30名削減された。

財務省が今月発表した法人企業統計によると、2025年度の全産業の設備投資額は前年比で過去最高の伸びを記録した。数字だけを見れば、日本経済は力強い回復基調にあるように映る。しかし、その内訳を精査すると、不都合な真実が浮かび上がる。投資の過半数が「省力化・自動化」に向けられたものであり、能力増強や新規雇用を伴う投資は全体の2割にも満たないのだ。

設備投資額と製造業雇用者数の乖離 (2020-2026) ※出所:財務省・厚労省推計

この現象を加速させているのが、第2次トランプ政権による「アメリカ・ファースト」政策と、それに呼応したAI技術の爆発的な普及である。米国市場へのアクセスを維持するため、日本の製造業は現地生産の拡大を迫られている。しかし、米国内の高騰する人件費と労働力不足を回避するため、企業は極端なまでの自動化を選択せざるを得ない。結果として、日本国内の空洞化が進むだけでなく、進出先の米国でも雇用が生まれないという、二重の「雇用なき成長」が進行している。

隣国の警鐘:韓国に見る「K字型」の未来図

この構造的な亀裂に苦しんでいるのは日本だけではない。隣国・韓国が直面している現実は、日本の近未来を映し出す鏡のような存在だ。2026年1月の貿易統計において、韓国ではAI向け高帯域幅メモリ(HBM)の輸出が過去最高を更新し、表面上のGDP成長率を押し上げた。しかし、その数字の裏側で、自動車部品や石油化学といった伝統的な基幹産業は、米国トランプ政権による関税強化と、中国企業の過剰生産によるデフレ輸出の挟み撃ちに遭い、活力を失っている。

この「K字型」の産業乖離は、そのまま日本の製造業が直面するリスクでもある。東京都大田区で精密金属加工工場を営む小川修平氏(仮名・58)の声は、統計データ以上に雄弁に現場の危機感を物語る。「株価やニュースではAIブームだと騒いでいますが、我々のような下請けには何の恩恵もありません。むしろ、エネルギーコストの上昇と、米国向け輸出の停滞による親会社からの発注減で、かつてないほど資金繰りが厳しい」。

日韓ともに「半導体」という特需が、その他の製造業のマイナス成長を覆い隠している構図は酷似している。特に日本の「一般機械・自動車」部門のマイナス転落は、雇用吸収力の高い産業基盤が揺らいでいることを意味する。半導体産業は資本集約的であり、巨額の投資に対して直接的な雇用創出効果は限定的だ。一方、裾野の広い自動車や機械産業の低迷は、地方経済の疲弊と中間層の没落に直結する。

我々が直視すべきは、AI半導体という「一本の果実」に陶酔し、その根元である広範な製造業の土壌が枯れ始めているという現実だ。韓国の事例は、特定品目への過度な依存がいかに経済のボラティリティ(変動性)を高め、社会の安定を損なうかという教訓を突きつけている。