[韓国政治] 比例代表「3%の壁」と民主主義のコスト——曺国新党が仕掛ける制度改革の深層
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汝矣島に走る「3%」の激震
2026年1月、ソウルの政治中枢・汝矣島(ヨイド)の空気は、連日の氷点下の気温とは裏腹に、ある数字を巡って奇妙な熱を帯びています。「3%」。これは韓国の公職選挙法において、比例代表で議席を獲得するために政党が得なければならない最低得票率、いわゆる「阻止条項(足切りライン)」です。この数字が今、憲法裁判所の審判台に載せられようとしている事実こそが、現在の韓国政治が直面している構造的な行き詰まりと、そこからの脱却を図る第三勢力の焦燥を映し出しています。
事の発端は、巨大な二大政党による「敵対的共生」の打破を掲げる祖国革新党(チョ・グク革新党)の曺国(チョ・グク)代表による一連の問題提起にあります。曺代表は今月行われた党内会議において、「現行の3%条項は、既得権益を持つ巨大政党が少数意見を制度的に排除するための防波堤となっている」とし、憲法訴願を含めた法的闘争を辞さない構えを見せました。表向きの論理は明快です。多様化する国民の声を国政に反映させるためには、参入障壁を下げ、死票(死に票)を減らすべきだという「民主主義の要請」です。実際、韓国中央選挙管理委員会の過去のデータ分析によれば、この3%の壁によって数百万票規模の民意が議席に結びつかずに消滅している計算となり、この主張には一定の説得力があります。
しかし、現地の政治部記者や選挙制度の専門家たちは、この動きを単なる理想主義の発露とは見ていません。ここには極めて冷徹な「生存本能」に基づく政治的計算が働いています。2024年の総選挙で躍進した祖国革新党ですが、2026年現在の政治地形において、その支持基盤は決して盤石とは言えません。巨大野党である「共に民主党」との差別化に苦心し、一方で保守与党「国民の力」からの攻勢も受ける中、次期選挙において「安定して議席を確保できる最低ライン」を下げておくことは、党の存亡に関わる重大な保険となるからです。

特に注目すべきは、この議論が浮上したタイミングです。トランプ米大統領(第2期)による保護主義的な通商政策が韓国経済を直撃し、国内の経済不安が高まる中、有権者の関心はイデオロギー闘争から実利へと急速にシフトしています。従来の「検察改革」や「政権審判」といったスローガンだけでは、無党派層の支持を繋ぎ止めることが難しくなりつつあります。こうした状況下で、3%の壁を例えば2%や1%へと引き下げる議論を喚起することは、自身を「既得権打破の旗手」として再定義するブランディングであると同時に、実質的な議席確保のハードルを下げるという「実利」を兼ね備えた多層的な戦略と言えます。
「死に票」防止という大義名分と現実
韓国の選挙制度において、「死に票(サ票)」の問題は長年、民主主義の代表性を損なう構造的な欠陥として指摘されてきました。小選挙区制を主軸とする現行制度下では、当選者以外の候補に投じられた票は議席に結びつかず、文字通り「死んだ票」となります。2024年の総選挙を含む過去のデータを分析すると、地域によっては投じられた票の半数近くが死に票化しており、有権者の意思と実際の議席配分の間に深刻な乖離が生じているのが実情です。
ソウル市内のIT企業に勤務する朴俊浩氏(34・仮名)は、前回の選挙で環境保護を掲げる少数政党に一票を投じました。「巨大な二大政党は、互いのスキャンダルを攻撃することに終始しており、気候変動や労働環境といった私の生活に直結する課題には真剣に向き合っていないように感じます」と朴氏は語ります。しかし、彼の投じた一票は、政党得票率が阻止条項である3%に届かなかったため、国会にいかなる代表者も送り出すことができませんでした。朴氏のような無党派層や特定の政策課題を重視する有権者にとって、現行の3%というハードルは、多様な民意が国政に反映されることを拒む、高く厚い「参入障壁」として機能しています。
韓国総選挙における死票の推移(比例代表)
この「死に票」の多さがもたらす弊害は、単に少数派の声が届かないことにとどまりません。二大政党である「国民の力」と「共に民主党」による寡占体制、いわゆる「敵対的共存」を温存させる土壌となっているのです。勝者総取りの小選挙区制では、相手陣営の失点が自陣営の得点となるゼロサムゲームが展開されやすく、政策論争よりも相手へのネガティブキャンペーンが優先される傾向にあります。これは、日本の小選挙区制導入以降に議論されてきた「二大政党制の理想と現実」とも重なる部分があり、政治への冷笑や無関心を招く要因として、日韓両国に共通する課題と言えるでしょう。
曺国新党、生存への計算式
ここで「3%要件」の意味合いが変化します。通常、3%というハードルは、有象無象の小政党の乱立を防ぐ防波堤として機能してきました。現在の祖国革新党の支持率であれば、このラインをクリアすること自体は難しくありません。では、なぜ曺国氏はあえてこのハードルを下げようとするのでしょうか。
その狙いは、自党の生存のみならず、「友軍の確保」にあると考えられます。3%の壁が存在する限り、他の進歩系小政党は議席獲得が困難であり、有権者は「死票」を恐れて巨大野党である「共に民主党」に投票する心理(戦略的投票)が働きます。この力学は、祖国革新党にとっても脅威となります。もし要件が緩和されれば、環境派や労働派などの少数政党が国会に進出しやすくなり、祖国革新党はそれら小政党群を束ねる「第三極の盟主」としての地位を確立できるのです。
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さらに、トランプ政権2期目の発足に伴う米国の保護主義的圧力や、東アジアの地政学的緊張の高まりを受け、韓国国内でも外交・安保政策を巡る議論が先鋭化しています。こうした状況下では、巨大政党は中道票を意識した現実路線にシフトせざるを得ません。その隙間(ニッチ)に、より鮮明なイデオロギーや特定の政策課題(検察改革や気候変動対策など)を掲げる「小政党連合」の生存空間を見出しているのです。
執権与党への「毒入り」の提案
曺国代表が投げかけた「執権与党こそが選挙制度改革を主導すべきだ」という言葉は、一見すると協調を求める政治的ジェスチャーのように映りますが、その内実は保守与党・「国民の力」にとって極めて厄介な、まさに「毒入り」の提案です。
与党にとって、この提案がはらむジレンマは深刻です。第一のシナリオとして、要件緩和が「野党分断」の触媒となる可能性があります。巨大野党「共に民主党」の傘下に結集している進歩系や中道左派の票が、参入障壁の低下によって小政党へと分散すれば、相対的に保守党の優位性が高まるという計算が成り立ちます。
しかし、その果実には猛毒が含まれています。それが第二のシナリオ、「保守分裂」のリスクです。韓国の保守勢力は、日本の自民党と同様、多様なスペクトルを内包しています。3%という現在の壁は、これら多様な勢力を「国民の力」という一つの大きなテントに繋ぎ止めるタガの役割を果たしてきました。もしこのタガが外れれば、公認争いに敗れた実力者や、党の方針に不満を持つ特定派閥が離脱し、独自の保守新党を立ち上げるハードルが劇的に下がります。曺国氏の提案は、野党の分裂を誘発する餌であると同時に、保守本流の地盤をも液状化させかねない時限爆弾なのです。
多党制民主主義か、政治的混乱か
比例代表制における阻止条項の引き下げは、理論上は民主的な要請として響きますが、各国の政治史を紐解けば、国家統治の根幹を揺るがしかねない「パンドラの箱」でもあります。欧州政治を専門とするシンクタンク研究員の佐藤健太氏(仮名)は、「阻止条項は、民主主義が自壊しないための安全弁として機能してきた歴史がある」と指摘します。最も頻繁に引用されるのが、ナチスの台頭を許したワイマール共和国の教訓から「5%条項」を厳格に適用してきたドイツの事例です。
一方で、イスラエルのように阻止条項が低い国では、小党乱立による連立形成の困難さが常態化し、少数政党が過激な要求を突きつける「拒否権政治(Vetoocracy)」の弊害が顕著です。2026年現在、トランプ政権による圧力に対し、迅速かつ統一された外交戦略が求められる韓国において、内政の意思決定スピードの低下は致命的な国益の毀損につながりかねません。「多様性の確保」と「統治の安定」という二律背反する価値のバランスをどこで取るのか。3%という数字は、単なる算術的な基準ではなく、韓国民主主義の未来を選択するための重いメルクマールとなっています。