ECONALK.
Economy

[米国事情] 揺らぐ「テキサス神話」:インフラ脆弱性と労働争議が招く成長のパラドックス

AI News Team
[米国事情] 揺らぐ「テキサス神話」:インフラ脆弱性と労働争議が招く成長のパラドックス
Aa

かつて「人々は足で投票する(People vote with their feet)」という言葉が、テキサス州の繁栄を象徴するフレーズとして語られてきた。カリフォルニアやニューヨークからの大移動は、規制緩和と低税率を掲げる「小さな政府」の勝利と見なされてきたのである。しかし、2026年1月現在、その潮流には明らかな変化が生じている。

米国国勢調査局が発表した最新の人口動態統計は、長年信じられてきた「テキサス一強」の神話に冷や水を浴びせる結果となった。絶対数においてテキサス州は依然として人口増を続けているものの、かつて全米トップを誇った人口増加率の座は、より安定した住環境と適度な産業集積を提供するサウスカロライナ州やフロリダ州へと移りつつある。

この統計上のシフトは単なる順位の変動ではない。インフラ投資を最小限に抑え、低コストで企業と人を呼び込む「テキサス・モデル」が、物理的および社会的な限界点に達したことを示唆している。特に注目すべきは、州外への転出者数が増加傾向にある点だ。ダラス連銀の分析によれば、その主因として「生活コストの意外な高騰」に加え、「インフラへの不安」が挙げられている。

以下のグラフは、過去3年間における主要州の人口増加率の推移を示したものである。テキサスの成長率が鈍化する一方で、南東部の他州が着実に数値を伸ばしている現状が見て取れる。

主要州における人口増加率の推移 (2023-2025)

グリッド・フライト:電力不安という「見えないコスト」

かつて「アメリカン・ドリーム 2.0」の象徴とされたテキサス州の輝きに陰りが見え始めた最大の要因は、インフラの脆弱性にある。2026年1月末、米国を襲った寒波は、同州独自の独立電力網(ERCOT)の限界を再び露呈させた。これに伴い、これまで低い税率と規制緩和を求めて同州に流入していた企業や富裕層が、一転して州外へ脱出する「グリッド・フライト(電力網からの逃避)」と呼ばれる現象が加速している。

ダラス郊外で製造業向けの物流拠点を運営するスズキ・イチロウ氏(仮名)は、今回の危機が経営判断の分水嶺になったと語る。

「法人税がゼロでも、電力がなければ工場は動きません。自家発電設備の維持費と燃料コストの高騰を計算すると、テキサスのコストメリットは事実上消滅しました」

スズキ氏の証言は、多くの日系企業駐在員の間で共有される懸念を代弁している。これまでは「ビジネスフレンドリー」の代名詞であった規制の緩さが、今や事業継続計画(BCP)における最大のリスク要因として認識され始めているのである。トランプ政権(第2期)が推進するエネルギー自給政策と規制撤廃は、本来であればテキサス州にとって追い風となるはずであった。しかし、連邦政府の介入を拒む同州の独立独歩の姿勢が、非常時の相互融通を阻害し、皮肉にも「孤立した脆弱性」を招いている。

テキサス州への純流入人口と停電による経済損失 (2020-2025)

凍てつく供給網と「人間労働第一」運動

2026年1月31日現在、テキサス州の主要産業回廊は、記録的な寒波による電力網の寸断に加え、現場労働者による異議申し立てによって機能不全に陥っている。これは単なる自然災害ではない。効率性を極限まで追求した社会モデルが直面した、物理的および社会的インフラの同時崩壊という「複合危機」である。

事態の発端は1月中旬、北極圏からの寒気によりERCOTが供給不足に陥った際、データセンターや自動化工場のサーバー冷却が優先され、極寒の倉庫や生産ラインに取り残された労働者の安全が後回しにされたという告発にあった。これを契機に、「Human Labor First(人間労働第一)」を掲げる自然発生的なストライキが発生し、物流と製造の現場を一斉に放棄する動きが広がった。

プレイノに拠点を置く日系自動車部品メーカーの工場長、ヤマモト・ヒロシ氏(仮名)は事態の深刻さをこう語る。

「コスト削減と規制緩和の恩恵を求めてここに来ましたが、従業員が出社を拒否する事態は想定外でした。我々が前提としてきた『安定的で安価な労働力』という神話は崩れ去りました」

この運動は、従来の労働組合による賃上げ交渉とは異なり、トランプ政権下で加速した規制緩和と自動化推進への反動として、「人間の尊厳と安全」を最低限の条件として要求する生存権の主張である点が特徴だ。エネルギー産業のアナリストは、この事態を「隠れたコストの顕在化」と分析している。税制優遇で抑えられてきたオペレーションコストの裏で、労働環境の社会的セーフティネットへの投資を怠ったツケが、供給網の寸断という形で企業に跳ね返ってきている。

「安さ」の代償:日本企業に迫られる戦略転換

かつて「テキサスの奇跡」と呼ばれ、日本企業にとって米国進出の最有力候補地であったローンスター・ステートの現状は、投資戦略の根本的な見直しを迫るものである。

テキサス州における製造業の「実質運用コスト」の推移を試算すると、表面上の税金やエネルギー単価は横ばいであるものの、電力遮断への備え(自家発電設備の導入・維持)、保険料の高騰、そして操業停止による損失を含めた場合、2024年以降、そのコスト優位性が急速に失われていることが判明した。

テキサス州における製造業の実質運用コスト推移 (2022-2026)

日本貿易振興機構(JETRO)などの調査においても、在米日系企業が進出先選定における最重要項目として「コスト」ではなく「電力・インフラの安定供給」を重視する傾向が強まっている。目先の固定費削減は、ひとたびインフラが機能不全に陥れば、数倍の変動費となって跳ね返ってくるためだ。

経済安全保障の観点からも、従来の「効率性」重視から、多少のコスト増を許容してでも「継続性(BCP)」と「安定性」を確保する姿勢へのシフトが求められている。「安物買いの銭失い」という古い格言が、2026年の米国ビジネスにおいて、かつてない重みを持って響いていると言えるだろう。